第8話
ゆっくりと楽しんでください、とカヴァネルはジゼルを案内し終わると、深々と礼をして去って行く。なんて美しい人だろう、丁寧で立派だとほれぼれしていると、横からローガンがジゼルを覗き込んできた。
「踏みつぶされるなよ、チビ」
したり顔でそう言うと、手をひらひらと振って去って行く。そのローガンにカチンとしつつも、ジゼルはイーッとしてから、会場を見渡した。
「わ、すごっ……」
そこには着飾っておめかしした貴族たちが、大勢集まっていた。それは、まるで色とりどりのドレスの展覧会のようだ。一張羅で来たつもりのジゼルだったが、シルクで仕立てられた、一級品のドレスやタキシードの前では月とすっぽんだった。
あまりにも煌びやかすぎるので、ジゼルは用意されていた見た目にも可愛らしいフィンガーフードに手を伸ばす。そしてそれらを口へとパクパク押し込み、壁際で大人しくしていた。
大広間の正面には、紫色の布がかけられた、大きなキャンバスらしきものが置いてある。それが、今夜のメイン、ファミルーの作品であることは一目瞭然だった。
みんな浮足立ったような様子で、その絵画がお披露目されるのを、今か今かと待ち望んでいる。ふと、正面の上座に威厳ある人物が座っていることに気がついて、ちらりとそちらへ視線を向ける。
背もたれが異様に長い椅子に腰かけ、そしてその人物の前に、ずらりと行列が出来上がっている。一人一人が膝をつきながら、挨拶をしていた。
「あれが、シェーンゼー王国国王代理、シャリゼ女王陛下だ。正式には、先王の正室で、国王代理だけどな。それも、先王の逝去中のゴタゴタに紛れて、勝手に実権を握ったしたたかな女王だ」
ジゼルはとつじょ聞こえてきた印象的な声音に、手に持っていたグラスを悲鳴と共に落としかけた。
「な、な、な、な、いつから……!?」
「あんたが二皿目のフィンガーフードにがっついた辺りから、ずっといたぞ」
にやり、と上から青い宝石の瞳が向けられる。いきなり話しかけてきたローガンは、黙っていれば相当美しい顔立ちだが、いかんせん口が悪い。ジゼルは口を尖らせた。
「猫みたいだね、足音もなく近寄ってきて」
「足音立てないのなんて基本だろ。それよりチビ、女王に挨拶しに行かなくていいのかよ」
言われて、ジゼルは気落ちした。自分が、この場にそぐわず、みすぼらしいことなどとっくに分かっていた。ついでに言えば、場違いとも言える。貴族たちの中に混じって、堂々と女王に挨拶しに行く気にはなれなかった。
「恥ずかしいから、いい」
「はあ? 恥ずかしがることなんてないだろ。さっきまであんなに勢いよく啖呵切ってたくせに、なにを今さら委縮してんだよ」
「だって、こんな格好だしそれに……」
それに、女だと見破られるわけにはいかない。アカデミーの全権限を持つのは女王だ。もし、その目の前で恥をかいたり、性別を偽っていることが公になれば、今まで築き上げた地位も名誉もはく奪されることはおろか、アカデミーを侮辱した罪で国外追放もあり得る。
「それに、ちょっと気分が悪くて」
「はあ? お前もかよ」
ローガンの返しに、ジゼルは眉根を寄せた。
「どういうこと?」
「なんか気分が悪いって言うやつ多いんだよ、今夜。コルセットで締め付けすぎなんじゃねーの、女たちは。あんな腰細くしてさ」
「はあ」
気のない返事をしてから、ジゼルは視線を正面の絵画へと向けた。あれさえ見ることができれば、もうどうでもいい。そう思って、布が取られる瞬間をただじっと待った。
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