第4話

 しょうがない、とジゼルも思う。王立アカデミーが創立されたのは今から約百年前。戦争で失った文化復興を目指し、国の芸術をさらに高めるために始まった。創始者たちは全員男性。王立の名のもとに、権限はすべて王にある。


 そして、アカデミーの規約文には、アカデミー会員はすべて男性に限る、と書かれていた。それは当時の時代背景を色濃く取り入れたもので、今では当時に比べて男女差による区別がされることは少なくなってきたが、由緒あるアカデミーにおいては、その現状は受け入れられない。


 つまり、女性に関しては、アカデミーの会員になれない。楽器の演奏をする女性はいても、作曲者にはなれない。絵を描く女性はいても、入選しない。詩人はみな男性、書籍の作者も男性が主流、ということだ。


 しかし、ジゼルは小さい時、旅商人をしていた両親にくっついて世界各地をめぐった。そこでは男女差がある国ももちろんあったが、そうでない国も多かった。


 だからこそ、ジゼルはアカデミーの在り方に、常々疑問を持つ。いくら伝統だとはいえ、今現在の時代との相互性に欠けていると感じていた。


 そのため、ジゼルは性別を偽り、名前を変えて、謎の画家ジェラルド・ピットーレ・リューグナーとして活躍をしている。


「いいの、芸術に性別は関係ないもの。認めてくれないような、そんなシステムを作った人間が悪いの。だから、私は反旗を翻すのよ……」


「かっこつけているとこ悪いけど、こそこそとやってるんじゃ、反旗もなにもねぇ……それから、時間が無くなるよ。とっとと行かないと」


「え、もうそんな時間!?」


 ジゼルは慌てて時計を確認した。そして、びっくりの形を保ったまま、口が塞がらなくなる。


「徒歩で行くんだろ? だったらもう行かないと、間に合わないよ」


「うわっ、遅刻だよこれじゃ! 行ってくる!」


 ジゼルは慌てて腰にレイピアを差し込むと、手を振って家を出ようとする。そこでマチルダに、そうそう、と声をかけられた。


「巷じゃ密造酒が流行っていて、何人も死んでいるそうだよ。さすがに王宮じゃないだろうし、ジゼルは下戸だから問題ないだろうけど、一応気をつけな」


「そうなの? 分かった、気をつける!」


 マチルダに手を振ってから、レイピアをあちこちにぶつけつつ、ジゼルは出て行く。長物を扱うことは日常生活でほとんどないため、お飾りもいいところだ。


 慣れないものを持っていると、色々とぶつけてしまうので、ジゼルは慎重にレイピアを手で自分の身体にそわせるようにして道を急いだ。


 王宮へ行く道すがら、密造酒のことが気になった。世界中を旅していた時に、酒屋でとつじょ倒れた人を見たのを思い出す。後に父親から聞いたのだが、粗悪な酒を飲んでいたという。


 ジゼルはその時倒れた男のことを、思い出そうとしていた。


「粗悪な酒、ね。匂いもものすごくお酒っぽいツーンとした匂いがした感じがしたなあ……」


 早足で王宮へと向かうのだが、大きな城は丘の上に建てられているために、途中からかなりの上り坂に代わる。石畳をブーツの裏でかつかつさせながら、慣れないコルセットにひいひい息が上がった。


「これじゃ、ちょっとした筋トレじゃんか……」


 作りものだとは言え、レイピアも重い。身体に巻き付けたコルセットを、もう少しゆるくして来ればよかったと思いながら、脇をすいすいと通り過ぎていく馬車に羨望の視線を送る。


「いやいや、節約しておかないとね。馬車高いもん」


 もう少しだ、と自分を鼓舞しながらジゼルは城へと向かった。

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