理屈少女の超恋愛分析

和成ソウイチ@書籍発売中

理屈少女の超恋愛分析


 一瞬で、好き。

 私は転校生のみずたにかずひとれした。

 ところで、『直観』とは経験を元に過去の同様の状況を短時間に判別し、結論を導出することだという。

 一目惚れは限りなくノータイム。

 このせつの判断をなぜすることができたのか。私は自らの経験に照らして分析してみようと思う。


◆◇◆


 まず前提として、私は自分に自信がない。

 周囲からは『氷の』ともてはやされているらしいが、誰も面と向かって言ってこないので、真実ではないだろう。

 いつもうつむきがちな私に声をかけてくるクラスメイトはいない。

 他者からの評価が自信のバロメーターになると仮定すれば、私の自信は限りなくエンプティである。

 その一方で、他者の本質を見抜く力にはけていると自己分析している。

 水谷君が初めて教室に入ってきたとき、少しうつむきがちな様子から、彼もまた自信が持てない人間なのだろうと見た。


 分析その1。水谷君は私と同じ弱点を持っている。


◆◇◆


 引き続き、私自身を振り返る。

 私は歩くのが速い。計ってみると秒速約1.5メートル。同年代の女生徒はおろか、男子生徒と比べても上の方に入る。

 その上、周りと歩速を合わせるのが苦手だ。

 水谷君も、自己紹介前後の移動速度を見るとかなり早足だった。だが私と違い、先生や案内役のクラスメイトの歩速を察知し、さりげなく合わせるすべを持っていた。

 これは周辺視野が広いことを意味する。


 分析その2。水谷君は私と違い、欠点を克服している。


◆◇◆


 好意について分析するのなら、私の価値基準を明らかにしておかなければならない。

 私にとって好ましい男性像は、母方の祖父である。

 人間はふくざつかいな心理を持つのが常だが、お爺様はただ一言、『真面目』という言葉で表現することができるお人だった。

 すでにこの世にはいない。またお線香を上げに行こう。

 とにかく。

 私は男性の好みについて、はっきりとした基準を持っていると言える。


 分析その3。私は真面目な男性が好き。


◆◇◆


 分析のさなか、大きなイレギュラーが発生した。

 水谷君に好意を寄せる女生徒が現れたのである。

 しっという感情の分析処理は、現在進行中の一目惚れ分析よりも優先順位が下なので――下なのだ――下であるのは間違いない。そう決めた。

 むしろ絶好の観察機会であると考え、私はある仮説を立てた。

 水谷君は、女生徒の言動に対し、私と同じ反応をする。

 この仮説が正しければ、私と彼はかなり近い感覚の持ち主ということになる。

 数日観察を続けた。詳細は別冊(キャンパスノート)にまとめたので参照されたい。全80ページのコンパクトサイズである。教科書より短い。


 分析その4。私と水谷君は、近い感覚の持ち主である。

 女生徒に対し不快に感じた部分が驚くほど共通していたことを付記しておく。


◆◇◆


 かなり分析が進んできた。

 自信のない私にも、水谷君への一目惚れには根拠があったと胸を張れるようになってきている。

 今日も水谷君の様子を見るため、グラウンドに向かう。

 そこで、例の女生徒と水谷君が一緒にいるところを目撃した。彼女の方が、部活中の水谷君をどこかに連れ出そうとしている。サボって、とか、そんな単語が聞こえてきた。

 首を縦に振らない水谷君に、女生徒は次の瞬間、告白した。

 私は頭が真っ白になり、数秒、記憶が飛ぶ。

 私が我に返ったときと、水谷君が告白を断ったときは、ほぼ同時だった。

 ひとり取り残された女生徒は、しきりに何かをつぶやいていた。近づくと、彼に対するえんべつの声だとわかった。

 私がすぐ後ろに立っていると気付いた女生徒は、私の顔を見るなりその場にへたり込んだ。そんな冷たい目で殺さないで、と彼女は言った。そうですか。


 分析その5。『氷の美姫』という評価はどうやら真実。悪い意味で。

 落ち込んだ。



 女生徒が立ち去った後、私は雑用にいそしむ水谷君を手伝った。

 彼は運動部に所属しているが、そちらの才能はとぼしいらしく、控えに甘んじている。

 告白を断った直後の彼は、少し怒っていた。

 部活の仲間は、皆大事な時期。だから自分もできることをするし、それが皆のためになると信じている。

 そう彼は言った。だから自分の都合でサボるなんて、とてもできない――と。

 同感だった。

 彼は真面目だった。皆のことを考えられる真面目な人だった。


 分析その6。水谷君は私の好ましい男性像と一致している。



 ここにすべての分析は完了した。

 私が彼に、一目惚れという一瞬の判断を下したのには理由があった。根拠があった。私が私であったから、一目惚れできたのだ。

 水谷君が、嬉しそうだね、と不思議そうに聞いてきた。

 分析結果の一端をまとめたくらいなら、伝えてもいいだろう。


「あなたが超好き」


 0.6秒。まとめすぎた。




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