第11話 シシリー・シアニオン
洞窟は元は炭鉱だったようで、地面にはレールが敷かれていた。俺たちはレールに沿って炭鉱の奥を目指す。
「エルファバ、止まれ」
「ゼクス様?」
ホルダーから投げナイフを取り出し、右前方の岩場に投擲する。キンと甲高い音を立ててナイフは弾かれたが、それだけでなく、岩陰からゴブリンが飛び出した。
続けざまに追加の一刀をゴブリンめがけて投擲する。跳躍してしまったゴブリンは眉間めがけて飛来するナイフを避ける術がなく、「ギャッ」と短く断末魔を上げて息絶えた。
「ゴブリン……全く気づきませんでした」
「気にすんな。索敵は俺の仕事だ」
周囲にゴブリンがいないことを確認してから、ナイフを回収する。岩壁にぶつけたナイフは最初から歯が潰してある威嚇用のもので、刃こぼれは気にしないでいい。一方でゴブリンの眉間に刺さったナイフはきちんと血をぬぐって整備する。
ざわり。
身体のどこともわからぬ器官――おそらく、脳に刻まれた欺瞞を見破る回路が警告を告げる。
どうしてそう思ったか。
あれは、俺がまだ勇者パーティに所属して間もなかったころのことだ。
本来であれば鑑定士の俺が見破らなければいけない魔物の擬態を見落として、あやうく壊滅の危機に陥ったことがあった。
その感覚に、ひどく酷似していた。
――騙されている。
何に?
この部屋一帯を確認した。
隠れているモンスターはいなかった。
だったら俺は、何に騙されている。
「あのガキ……ッ!! やっぱり裏切ったな! エルファバ、引き返すぞ!!」
エルファバを抱えて、来た道を引き返す。
少しずつ、外から指す光が大きくなる。
急げ、急げ。
「っ!! 伏せろっ!!」
「きゃぁっ」
洞窟内に反響する破砕音。
爆風による、気圧の壁が俺たちに圧し掛かる。
「……はぁ、はぁ……くそ、閉じ込めるまでやるかってんだ」
来た道を見れば、外から差す光は閉ざされていた。
一面に闇が広がる。
「ゼクス様、これ」
「なんだ?」
「たぶん、あの子が書いた手紙です」
「手紙って……はぁ。俺意外だと、こんな暗闇の中で文字を読める奴なんていないぞ」
霊視には暗視が含まれていて、完全な暗闇でも目が見える。たぶん、光以外の信号を網膜で拾っているんだと思う。
『ごめんなさい。えものをつれてこないと、いもうとがころされてしまうんです。ごめんなさい』
「……ふざけんなよ。自分の都合で、人の命を切り捨てていいって、本気で思ってんのかよ」
「ゼクス様……」
「あいつに、言ってきたんだ。裏切ってくれるなよって。信じたんだよ、あいつの良心が、裏切ることを良しとしないって、信じたんだよ」
湧き上がった感情は怒り……ではない。
ただ純粋な、悲しみだった。
胸の底に向かって、冷たいものが沈んでいく。
「……人間にも、いい人はいますよ」
「エルファバの協力者だろ。そんなのイレギュラーだ」
「ゼクス様も、その一人ですよ」
お前、よくそんな恥ずかしい言葉ぽんぽん口に出せるな。
「おい待て、どこに行く気だ」
「坑道の奥です。妹さんを助けられるのは私たちだけですし、退路は断たれましたから」
歩き出そうとするエルファバの腕を掴む。
「行くな。今騙されたばかりだろ。それに、これで終わりじゃないっていう予感がある。坑道なんだ。ここのほかにも出入り口があるかもしれない」
「終わりじゃない、とは?」
「何か、何かは分かんねえけど違和感があるんだよ」
騙されているという感覚は今なお続いている。
これで終わりではないと直感が告げている。
「ゼクス様、でしたら、やはり確かめに行きませんと」
「どうして」
「真実を見極められるのは自分の目だけだからです」
……父さんの言葉、か。
「……わかった。だけど、俺から離れるな」
*
しばらく、狭い空間を、歩いていた。
俺が忍び足に慣れているのは当然だけど、エルファバの忍び足も相当なものだと気づく。魔界からの逃避行で身につけたのだろうか。洞窟に広がる静寂が耳に痛い。
「ゼクス様、怒っていますか?」
ふいに、エルファバが小声で口を開いた。
周囲を改めて索敵し、ゴブリンが近くにいないことを確認してから質問で返す。
「怒る? どうして?」
「その、このような状況になったのは、私のせいですし……」
「別にエルファバのせいだとは思ってない。言霊に頼ってた俺のせいだ」
「言霊?」
……しまった。
索敵に意識を割いていたせいで、口を滑らせた。
「……なんでもない」
そう口にして、足を進めた。
エルファバが小さく「……そうですか」と呟いたのが、背中越しにわかった。
「それで、先ほど仰っていた違和感の正体はつかめましたか?」
「いや、あと少し手がかりがあれば分かりそうなんだが」
脳の側部が疼く。
思い出せそうで思い出せない、かゆいところに手が届かない、そんなもどかしさだ。
「しかし、ゴブリンと遭遇しませんね。奥で待ち構えているのでしょうか?」
「ゴブリンが相手なら何体でも負けない」
ゴブリンは勇者パーティ時代に何匹も倒した。
生殺与奪の魔眼がなくても、俺一人で十分余裕をもって倒せる。
「トレント一匹相手にする方がよっぽど……」
トレント、と口にしたとき、何かが頭に引っかかった。必要なピースが見つかった気がした。後は、どうはめ込むか。
「……そうか。そういうことか」
「ゼクス様?」
「あの子供、どうして『えものをつれてこないと、いもうとがころされてしまうんです』なんて言ったと思う?」
「それは、そう脅されたからでは?」
「俺もそう思う。じゃあ――そうやって脅したのは誰だ?」
「……っ」
身体能力に劣るゴブリンは、その繁殖能力と、スリングショットや弓を扱う知恵をもって生存競争を生き抜いてきた。
とはいえ、その知能は人間と比べるとなんとも心もとない。
「ゴブリンにも言語はあるだろうが、俺たちは通常、ゴブリン語なんて理解できない」
引っ掛かりはそこだった。
トレントにも言語があったんだ。
ゴブリンにだって言語はあるだろう。
だが、俺たちはそれを理解できないはず。
「あの子に吹聴したのは、もっと別の――」
角を曲がると、前方に開けた空間があった。
ヒカリゴケという、暗闇でも淡く光る特殊な植物が岩壁いっぱいに張り巡らされていて、部屋全体がほの暗く照らされていた。
その中心に、それはいた。
まだ年の齢一桁くらいであろう少女だ。
だが、その少女は異形だった。
側頭部に生えた、まがまがしい角。
背中に生えた黒い翼。
クリソベリルキャッツアイのような二つの眼。
「うふふ、あの子、やぁっと獲物を連れてきたんだぁ」
「誰だ、お前は」
「うふふ、それ、必要? 名乗ったって意味なくない? これから死ぬ命にさぁ!!」
悪魔のような少女が腕を振ると、地面を裂いて、真空波が俺たちに迫った。縦に引き裂く斬撃……ではない。それと重なる様に水平方向にも斬撃が飛んでいる。十字の斬撃だ。
(回避しなければ縦に真っ二つ、横によければ横に真っ二つってか。悪趣味な攻撃だ)
エルファバを抱いて左前方下方向へ踏み込む。
真空の刃がおれたちの頭上を過ぎていく。
「悪いが、その程度の攻撃なら死ねそうにないな」
「うふふ、見えてるの? うふふ、ごめんねぇ。許してくれるかな。許してくれるよね、だって謝ってるもん。そうだ! お詫びに、さっきの質問に答えてあげるよ」
さっきの質問とは誰だと問いかけたやつのことだろうか。
「僕はシシリー・シアニオン。君たちをここに招き入れた少年の妹さ」
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