第12話 悪魔、チェックメイト

 妹とは。

 同じ親から生まれた年下の女子のことである。


「外にいた子とあなたは、ずいぶんと容姿が異なるのですね」


 外にいたのは人、あるいは魔族の容姿をしていたが、目の前にいるこいつは明らかに人ではない。


「うふふ、ひどいなぁ。本当に同じ血を分け合った兄妹だよ? 君の心ない言葉に、僕の心は真っ二つ。だからさ、代わりに君の体を真っ二つにしてもいいかな? いいよね? これでお相子だよね?」


 ……その言葉は、間違いなく真実だった。

 どういうことだ。

 どうして同じ親からこうも容姿の違う子供が生まれてくる。


 らちが明かない。

 気は進まないが、鑑定を使うか。


「エルファバ、やつの言葉は真実だ」

「ゼクス様? お気は確かですか?」

「あれは、悪魔に魂を売った、人間の成れの果てだ」

「なんですって……っ⁉」


 鑑定眼は真理をとらえていた。


「うふふ、すごいね君! どうしてわかったの? 悪魔に魂を売った知り合いでもいたの⁉」

「ゼクス様、助ける方法はないのですか?」

「……ねぇ、僕が質問してるじゃん。シカトされると心が傷つくなぁ、胸が痛むなぁ。君には人の心がないの?」

「あなたこそ! 肉親の思いを踏みにじって、人の心はないのですか!!」

「人? うふふ、僕は悪魔だよ?」


 二人が問答している間に、より深層部分まで鑑定を終わらせた。そして分かったことがある。


「……エルファバ。無理だ。魂の深い部分に何かが深く根付いている。無理に引きはがそうとすれば、廃人になる」

「そんな……」

「……君さ、本当に何者?」


 ぞくり。

 直感に従って半身を引いた。

 また不可視の攻撃を喰らったのかと思ったが、俺の体に外傷はなかった。


 周囲を見渡してみても変化はない。

 いや、一つだけあった。

 先ほどからこちらを向いていた少女の瞳の焦点が、俺を中心に像を結んでいた。彼女の猫のような瞳に俺が映りこんでいる。


「今まで色んな人間を見てきたけどさ、君みたいなのは初めてだよ。人の魂の形が見えるの? 心の声が聞こえるの? 知りたいなぁ、君のことがもっと知りたい」

「それ以上ゼクス様に近寄らないでください!」

「……目障りだな」


 少女はわずらわし気にため息をついて、指を振った。


「……は?」


 エルファバの首がちぎれていた。


「さ、これでうるさいのが消えてようやく二人きりでお話ができるね」


 こいつ、今、何をした。


「うふふ、怖がらないでよ。君に危害を及ぼす気はないよ? 少なくとも、僕の興味が消えないうちはね」

「冗談じゃありませんわ。ゼクス様には私が先に目をつけていたのです。この泥棒猫が」

「あれ? 確かに首を飛ばしたはずだけど?」

「それがどうかいたしまして?」


 エルファバは、先ほどまで自分の顔だったものを手に抱えていた。こいつ首を刎ねられると、首から下じゃなくて首から上が生えるのか……? それって同じ人物なのか?


「不死魔族か。はぁ……君、付き合う相手は選んだ方がいいよ?」

「選べるほど人間関係に恵まれて無くてな。それに、エルファバとの出会いは幸運だったって思ってるぞ」

「苦労してるんだねぇ」


 少女はそういうと、腕を組んで虚空を見上げた。

 よくわからないが隙だらけだ。


(今なら、生殺与奪を掌握する魔眼でやつの息の根を止められる)


 ホルダーに仕込ませてあるナイフに手を伸ばす。

 引き抜き、青く伸びる光を引き裂くだけだ。

 それだけでこの脅威を世界から葬れる。


(けど、エルファバは、まだ助けるのを諦めていない)


 それが俺の決断を鈍らせる。


 結論を出すには早いのではないか。

 もっと他の道を探すべきではないか。

 これしか方法はないのか。


 そんなことばかりが脳裏に浮かぶ。

 そして、果報は思わぬ形で迎えられる。


「よし。じゃあこうしよう」


 パンとかしわ手を打つと、少女はあどけない笑みを浮かべた。


「そっちの不死魔族はさ、この子の魂を救いたいんだよね? 僕の提案を受け入れてくれるなら、この子の魂は解放してあげようじゃないか。うふふ、僕は取引には誠実だよ? この子の要求通り『お兄ちゃんには手を出さない』でいるからね」

「それは誠実ではありません! 小汚いと罵られる屁理屈に過ぎません!!」

「待てエルファバ。とりあえず、話だけは聞こう」

「ですがゼクス様……!」

「エルファバが俺を信じられないなら、俺ももう二度と誰も信じない」

「……それは、ずるいです」


 エルファバは引き下がったが、その顔には声に出すよりわかりやすく「しぶしぶです」と記されていた。


(あの指を振る攻撃を相手するより、話し合いのほうがまだ勝ちの目がある)


 彼女には教えていないが、俺なら言霊を見て相手の思惑を見ることができる。そうすれば相手の意図を踏みにじりながら交渉を進められるはずだ。


「うふふ、優しいんだね。僕の心は救われるようだよ」


 さて、そっちの思惑を開示してもらおうか。


「君の魂を、僕に売ってよ」

『君のすべてが知りたいな』


 ……こいつ、人から人に乗り移れるのか。

 それなら答えは決まっている。


「悪いが、答えはノーだ」


 エルファバは胸をなでおろし、少女は不服そうに眉をひそめた。


「どうしてだい? 僕が君のことを知りたいと思うのはそんなにいけないことかい? 君にそれを拒む権利がある様に、僕にもそれをこいねがう権利があってしかるべきじゃないか」

「お前に魂を売ると、エルファバとの約束が守れなくなる」

「約束?」

「ああ。お前より先に交わした契約だ。取引に誠実であろうとする俺の意志を踏みにじるなんて、まさかしないよな?」


 少女が怒気交じりの息を吐く。


「契約か……だったら、しかたないね」


 それから、三日月のようにいびつな笑みを浮かべた。


「そんなの、契約相手を殺すしかないじゃないか!」

「お前……っ」

「不死殺しか、骨が折れるけど、未知のためだ! うふふあはは!!」

「くっ、させるか!」


 生殺与奪の魔眼を開く。

 少女に向かって青い光が伸びている。

 そのうちの一つ、右手へ伸びる光芒をナイフで引き裂いた。少女の手首から先が引きちぎれた。


「……痛い。痛いじゃないか。どうしてこんなことするのさ」

「っ、寄るな!」


 ナイフを構える。


「うふふ、それ以上やったら、この子本当に死んじゃうよ?」

「俺の命は、誰かのために捨てられるほど安くねえ。それに、それくらいでどうこうなる体じゃねえだろ!!」

「うふふ、そんなことまで分かるんだ。もしかして、君はとてつもなく目がいいのかい? ふふっ、沈黙は肯定と捉えてもいいのかな?」


 ……俺には今、二つの選択肢がある。

 一つは正直に答える、あるいは沈黙をもって肯定すること。ただし、エルファバに自身の手札をさらすことになる。

 もう一つは嘘を吐くこと。こちらを選ぶデメリットは、エルファバに嘘が看破されたら、俺の言葉を信じてくれる人は誰もいなくなるだろうな。


 要するに、エルファバを信頼できるか否か。

 それが問われている。


「……そうさ。俺は、人には見えないものが見える」


 信じよう。

 最期まで。

 墓場に眠るその時まで。

 誰に何度騙されても、彼女だけは。

 俺を信じてくれた彼女に対する誠意として。


「うふふ、ぞくぞくするねぇ。ねえ、やっぱり教えてよ。君の見ている世界が知りたいな。僕にも見せてよ。見せて、見せて見せて見せて!」

「お前! 取引に誠実って言葉はどうした!」

「うふふ! 嘘はついていないよ? でもね、交渉がうまくいかなかったときに、無理を通すのも好きなんだ!! うふふ――」


 少女の体から、何かが抜け落ちた。

 まがまがしい角と純黒の翼が霧散する。

 そして、まがまがしい黒い影が虚空に飛び出した。


(こいつ、無理やり乗っ取るつもりか!)


 まずい。

 そうなったら手遅れだ。

 生殺与奪を掌握する魔眼がエルファバを殺せないとは限らない。俺が操られればエルファバまで危険に巻き込むことになる。

 それは断じて許されない。


 何か、何かこの状況を覆す一手は……。


「っ、エルファバ! 頭借りる!!」

「こ、こんな状況で知恵なんて回りませんよ!!」

「物理的にだ!!」


 一度斬り落とされたエルファバの頭。

 それを彼女の手から受け取り、宙に踊る黒い影に向かって投擲する。


「これが、お前の、新しい顔だ!!」

「ああっ!! 私の頭!!」

『――っ⁉ ――っ!!』


 影が明らかに狼狽した。

 真一文字に影へと飛来する彼女の頭部に、黒い影がまとわりつく。


「ぐっ、味な真似を!!」


 生首から声が出ている。

 気持ち悪い。


「ふふっ、確かに意表を突かれたさ。だけどもう一度憑依を解除すれば――」

「それまで生きていられればな」

「――ぇ?」

「これで、チェックメイトだ」


 悪魔が言い切る前には、頭部の眉間にナイフが刺さっていた。俺が途中で投げたナイフだ。


「お前に俺を殺す気が無くて助かったよ」


 色々なことが偶然奇跡的にかみ合った。

 そんな偶然の勝利だった。

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