第6話 廃墟の国テンコル

「……」

「ゼクス様、どうなされました?」

「別に」


 エルダートレントがやられたことで、トレントたちは蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ去った。

 俺たちは森の外へ向けてのんびり歩いている。


(不死とは言え、俺をかばってくれたんだよな)


 命と引き換え、は違うか。

 そもそも、人の俺と不死魔族の彼女だと命に対する価値が違う。


「……なぁ殿下」

「なんでしょう?」

「殿下なら、俺がいなくてもこの森を抜けるくらい造作もなかったんじゃないのか?」


 俺たち人間が負っている死の危険。

 それを彼女は全無視して進めるのだ。


「そうですね」


 やっぱりか。

 彼女は悩む間もなく答えた。

 やっぱり、俺が必要ってのは――。


「ですが、それでは意味がありませんので」

「……意味?」

「はい。魔族領に帰るのは手段であって、目的ではありませんから」

「……本気で、人魔大戦を終わらせるつもりか?」

「最初からそう申しているはずですよ」


 人魔大戦とは、千年以上に渡る人と魔族の争いの総称だ。二つの勢力は、小康状態を挟みつつ、互いに淘汰しあってきたのだ。


「絵空事だと笑いますか?」

「今はまだ」

「ふふっ、うれしいことを言ってくれますね」


 口に手を当て、目を細め、くすくすと笑う少女。

 こうして見ると、魔族と人族はよく似ている。


「似たようなもんだろ。人も、魔族も」


 人と魔族の違いは何か。

 それは、魔力回路の得手不得手である。


 魔族には、生まれた時から体内に魔力回路が刻まれている。そのため、魔法を行使する時は体内の回路を利用するのを得意とする。


 一方で人は体内に魔力回路を持たずに生まれてくる。後天的に刺青のような魔力回路を刻印する魔術師もいるが、その場合も大気中の魔素を利用して魔法を使うのが一般的だ。


「……」

「なんだよ」

「いえ、考えを読まれていたことが、不思議で」

「は?」

「てっきり、人を滅ぼして戦争を終わらせると思われているかと考えておりました」

「だったら、わざわざ魔族領に戻ろうとしないだろ。戻るのは、誰も争わないでほしいから、だろ?」

「……ご慧眼、感服いたします」


 それに、な。

 俺をかばうようなお人よしが、あえて人を滅ぼそうなんてしないだろ。

 まあ、これは口には出さないが。


「さて、もう森の外に出るぞ」

「本当ですか? 早く町で宿に泊まりましょう。もう、足がくたくたで」

「……? 何言ってるんだ? 次の町まであと3日はかかるぞ?」

「……はい? そんなはずは。だってここはトレントの森の西側ですよね? でしたら、テンコルの町がありますよね?」

「んん?」


 どうにも話がかみ合わない。


「何年前の話だ? テンコルは6年前に滅んだぞ?」

「――へ?」



 信じられない。

 殿下がそう主張してやまないため、俺たちは一度テンコルの町跡にやってきた。


「……そんな、昨日まで、ここに」


 石造りの家々はツタが這っていて、石積みの井戸を覗けば、とっくのとうに枯れている。

 宗教色が強かったのだろうか。

 村のあちこちには偶像が点在し、何ともわからぬ神をまつっている。


 俺は、何とも言い難い気持ちになった。

 彼女が永い眠りについていたのは知っていたが、6年も昔だとは思わなかったからだ。それも、最短の見積もりであり、場合によってはもっと長い間眠っていたかもしれないのだ。


「……この通りに、焼き鳥屋さんがあったんですよ。パンチパーマが効いたおじさんが経営していたんです。私がお腹を空かせていると、ちょいちょいって手招きしてくれて、こっそり焼き鳥を食べさせてくれて。とても、おいしかったんです」


「ここは宿屋さんで、老夫婦とその娘さんで営んでいたんですよ。真っ白なお布団は綿のようにふかふかで、横になると天にも昇れる気持ちになるんです」


「こっちは露天風呂があったところですね。お湯につかりながら眺める満天の星々はいつも以上にきれいに見えて、思わず涙しちゃったのを覚えています。ふふっ、お風呂じゃなかったら周りに泣き顔がバレてましたね」


 町を歩いては、ふと立ち止まり、思い出したように語る彼女。

 古びた石壁を撫でながら、彼女は「でも」といい、こう続けた。


「……みんな、なくなっちゃったんですね」


 彼女の目に映る世界は、まるで別物かもしれない。

 知らない世界に一人ぼっち。

 一人、ぼっちか。


「さっきの」

「はい?」

「さっき言ってた宿屋。今日はそこに泊まろう」

「え? と、泊まると仰られましても、もう店番の方もいらっしゃらないですし」

「じゃあタダで泊まれるな。いやー、今日は目を酷使しまくったから疲労がたまってなー。一度休憩を挟まないと大変だなぁ」


 踵を返し、宿に向かう。


「じゃあ、俺は先に行ってるから。殿下は気が済むまで観光でもすればいいんじゃないか?」

「……ゼクス様」

「ああ、そうだ。これ、大樹スヴァルトの雫を汲んだ瓶だ。顔を洗うと美容効果があるかもしれないぜ」


 一度振り返り、彼女に向けて瓶を放る。

 緩やかな弧を描いたそれは、彼女の胸にすっと収まった。


「お気遣い、感謝、いたします」

「さて、なんのことやら」


 突然の別れってのは、つらいものだ。

 受け入れるには時間がかかる。

 一日で折り合いがつくほど簡単なことではないけれど、せめて一秒でも長く、彼女に時間をあげたい。


「……っ! ……ぁっ!!」


 声を殺した声に耳を塞ぎ、俺は宿へと向かった。



 少し、まどろんでいた。

 疲労の海をたゆたっていた意識が引き上げられる。


「ゼクス様、お目覚めになられましたか?」

「ここは……」


 当たりを見渡す。

 石造りでできた家屋のようだ。

 ロビーの中央を見れば、アルビノの少女が石卓に食器を並べていた。

 どうやら俺の意識を引き上げたのは、この柑橘系の香りらしい。


「ちょうど盛り付けが終わったところです。ゼクス様もどうぞご一緒に」


 ……王女様、なんだよな?

 王女様も料理とかするんだ。

 すげぇ意外。

 てっきり、一流の料理人を雇って、料理なんてしないものかと思っていた。


「いや、いいです。なんか、全然食欲がわかなくて」


 思えば、今朝から何も食べていない。

 朝食はギルドで済ますつもりだったけど、ごたごたで食べ逃して、それから、空腹なんて忘れていた。


「いつから食べていらっしゃらないのですか?」

「今朝から」

「それはいけませんね」

「6年も断食してた殿下と比べりゃ短いもんだろ」

「たしかに」

「いや納得するんかい」


 そこはあれこれ屁理屈を並べるところだろ。

 ふぅ。

 俺の中の王女っていう枠組みが揺らいでいく。


「ふふっ、ですので、一緒にいただきましょう」


 本当に、調子が狂う。


「悪いけど、俺は冒険者だし、テーブルマナーなんて全くなってないぞ?」

「もとより人と魔族では気遣いの仕方も違いましょうに。お互いさまといきましょう」

「……そっちがそれでいいならいいけどさ」


 テーブルにつく。

 木の実を使った焼き菓子だ。

 トレントの森でもいだ果実か。


 きゅうと腹の虫が鳴いた。


「ふふっ、いただきましょうか」


 恥ずかしさをごまかすように、一つ口に運んだ。


「……甘い」

「お好みではありませんでしたか?」

「……いえ、おいしい、です」

「それはよかったです」


 ……いつも、隣にはリラがいた。

 彼女は今、そばにいない。

 苦々しい思い出と、口の中に広がる甘さがミスマッチなのは間違いない。


「……食べるって、大事なんですね」

「ふふっ、そうですね」


 欠けた心が、満たされるようだった。


「ゼクス様、少し、お話をしましょうか」

「話?」

「はい。ゼクス様のことを一方的にお聞きしただけでは、不公平ですから」

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