第4話 エルファバ・ロア・ガルダリア
「……ん、ぅ」
「目が覚めたか?」
「……っ⁉ 誰⁉」
助けた少女が目を覚ましたらしい。
ここがトレントの森で、泉の中央にある小島にいるもんだから放置してもよかったんだけど、なんとなく後味が悪そうだったから目が覚めるまで看病することにしていたのだ。
数日たっても目が覚めないようなら近くに仮拠点でも作ろうかと思ったけれど、幸いにして少女はわずか数時間で目を覚ました。
「俺はゼクス。……通りすがりの冒険者だ」
ちょっと前までは勇者パーティの鑑定士と言っていたんだけど、追放されてしまったからな。今はただのゼクスだ。
「そうおびえないでくれ。一応、捕まっていた君を助けたわけだし、害なすつもりなら君が目を覚ます前にそうしている」
「捕まっていた……?」
「覚えていないのか?」
俺はここに来た時の状況を伝えた。
高位の隠蔽、大樹スヴァルト、そこに眠る少女。
彼女は俺の話を真摯に受け止めてくれた。
「……思い出しました! 私は、戻らなければ!」
話を聞き終えた少女はしばらく頭を押さえていたが、不意にはっと頭を上げると、立ち上がった。
「この度のご助命、まことに感謝いたします! 失礼とは存じますが、先を急ぎますゆえ!!」
「あ、ちょっと待った!!」
「なんでしょうか……きゃっ⁉」
走り出そうとする彼女を引き留める。
彼女が歩みだした先に、枝が突き刺さっていた。
「ここはトレントの森だ。無警戒に突き進むのはお勧めしない」
「そんな……」
やっぱり、目を覚ますのを待ってよかったな。
あのまま放置していたら、トレントの攻撃であっさり死んでいたかもしれない。
少女はしばらく、おとがいに指をあてていた。
「……ゼクス様。お伺いしたいのですが、大樹スヴァルトはどうなさいましたか?」
「倒した」
「倒した⁉ 大樹スヴァルトをですか⁉」
「悪かったって。君を助けるためには、仕方なかったんだ」
「す、すみません。怒ってるわけではないのです」
「知ってるけど」
「なんなんですかあなたは!!」
いや、普通に言霊見えるし、倒したことに対する反応が怒りや嫌悪ではなく、驚嘆と猜疑だってのはわかるし。
「こほん、話がそれました」
「話をそらしました」
「……そういう、ことですか」
彼女が俺の瞳をのぞき込んだ。
バツが悪く、押し黙る。
最初の一言で、彼女が俺を値踏みしているのは分かった。そして、彼女の予想が正しいと確認できたなら交渉に運ぼうとしていることも。
さすがに交渉内容は分からない。
だけど、あの腹を探り合う感じが好きになれない。
要するに、交渉の空気が苦手なのだ。
可能ならかかわりあいたくない。
「文脈を汲み取らない言動は自衛手段。会話の流れを読んだうえで最小限の力で矛先をそらす。そうして生きてきたのですね?」
「悪いけど、自分らしさを人に形容されるのは苦手でな」
「ほら、話をそらそうとしましたね?」
「……」
ちっ、なかなかしぶとい。
それに、人をよくみてやがる。
「はぁ、わかったよ。聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます。話というのは他でもありません。私、エルファバ・ロア・ガルダリアの剣となっていただきたいのです」
「……なんだって?」
想像の斜め上から注文が入った。
脳が処理できる需要量を軽くキャパオーバーしてやがる。
「待て、待て待て待て。ロアって、魔王の実子に継がれる名前だよな? 魔族だったのか⁉」
「はい。魔族の第三王女、どうぞエルファバとお呼びください」
魔王はミドルネームがヴァン。
その血を引く子供はロアとなる。
魔王はロアの名を持つ者から選出され、ロアの子はロアを名乗れない。
つまり、彼女は魔王の血を引いた実の娘ということになる。
「魔族のお姫様がどうしてこんな辺境の地で眠れる森の美女をやってんだよ! 俺が魔族と知って襲い掛かるとは思わなかったのか⁉」
「二つの質問の答えは、どちらも、私が不死魔族だからです」
「不死魔族……?」
「ええ。もっとも、異常な生命力を持つために、殺しても死ぬ前に再生するだけですが」
彼女は「≪エアスラスト≫」と唱えると、何のためらいもなく自身の手首を切り裂いた。
何をしているんだ。
俺が彼女の奇行の意図を理解するより早く、正しく因果が結ばれる。
切り裂かれた手首の、復元という結末をもって。
「殺しても殺せない。ですから、大樹スヴァルトを用いて半永久的に生命力を奪い続け、事実上の封印としていたのです。仮にあなたが殺しにかかっても、私は殺されません」
そういうことか。
大樹スヴァルトの消化能力はすさまじい。
現に、放ったトカゲの尻尾はあっという間に飲み干されてしまった。
だが、彼女は記憶が混濁するほど長い間とらわれていた。その理由も、彼女の不死性を説明された後なら納得できる。
「理屈は分かった。でも、肝心な部分がわかっていない」
「肝心な部分?」
「どうして同族から狙われている」
「……魔族とて、戦争を続ければ疲弊します。争いの火種は注ぎ足さねば、いつか潰えます」
「待て、それはつまり」
「はい」
彼女は頷いた。
「魔界では、私が人族に殺されたことになっているはずです。そしてその報復に、正義の名のもとに戦争を仕掛けるはずです」
「戦争を続けるために、お姫様を封印したのか?」
「正確に言えば、戦争による副次作用のためですね。知っていますか? 戦争中の技術革命は、平時のそれと比べて100倍になると言われているのですよ」
「……んだよ、それ」
呼気が、灼ける。
熱い、喉が、肺が、胃が、燃えるように熱い。
ドロリとねばつく衝動が這いあがってくる。
「そんな理由で、父さんは」
父さんは、戦場記者だった。
魔族との戦争を自分の目で確かめる。
そう言って家を出て、腕だけが戻ってきた。
父さんが知りたかったのは、こんなくだらない真実だったっていうのかよ。
「それで、ゼクス様、私の提案を受けていただけますか?」
「断る」
「……リスクに見合う対価は払います。私の望みはこの戦争を終わらせること。種族は違っても、お互いに益のある話のはずです」
「知ったこっちゃねえつってんだよ!!」
熱い。灼ける。
衝動的に、彼女の胸倉に掴みかかった。
その勢いで地面にたたきつける。
不死魔族と言っても痛覚はあるらしい。
叩きつけた時、彼女の顔が一瞬歪んだ。
馬乗りになって、衝動のままに叫ぶ。
「勇者も魔王もくそくらえだ!! こんな世界なら、いっそ滅んじまえ!!」
頭のどこか冷静な部分は「彼女にあたっても仕方がない」と訴えていた。だけど、誰かを恨まずにはいられなかった。
「泣いて、いるの?」
「……ぇ?」
彼女の手が、俺の頬にそっと伸びる。
その細い指が肌に触れる、その少し前で彼女は腕を引いた。
彼女の指先には、一滴の雫があった。
「ちが、これは」
目をこする。
とまれ、とまれよ。
とまれっつってんだよ。
「……私には、何があなたを苦しめているのかわかりません。推し量るには、私はあなたについて知らなすぎます。口にするのがはばかられるなら、あえてそれを聞こうとはいたしません。ですが、悩みやつらいことがあるのなら、打ち明けていただければ、私は受け止めると誓います」
彼女は指を折り曲げると、俺の目からあふれた雫を握りしめ、胸元に抱き寄せた。
「俺を自軍に引き入れるためか?」
「はい。私には、ゼクス様が必要です」
「……」
くそが。
どうしてそこで、言霊と言葉が一致するんだよ。
どうして本音と建前が一致するんだよ。
いっそ悪だくみしてくれていればよかった。
そうすれば悩むことなんて何もなかった。
おだてれば付き従うだろうとか思ってくれていればよかった。
その時は後腐れなく思いを断ち切れた。
それなのに、それなのに。
「……幼馴染が、いたんだ」
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