2-2 次戦の相手
酒場「千の
ディルは再び人混みの中を縫うようにして進む。ただ、その歩調は酒場に来る時よりも少し抑えてあった。撒いてしまっては意味がない。
それからしばらく進んだ後、再び足を止めると彼は何か店を探すかのような素振りで、周囲を軽く見回した。
露骨に視線を向けることなく、それとなく背後の様子をうかがう。
ディルから少し離れた後方、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる三人の男たちの姿が見えた。流石にまだ存在を悟られまいとしているのか、彼らもまた、不自然に早足で歩いたりはしなかった。
フードを被り両手剣を背負った男を先頭にして、その後ろに二人が並んでいる。
ディルは再びゆっくりと歩きだす。時折辺りを見回すようにして、何かを探す振りを続けた。
やがて、この通りの半分ほどの道幅の通りと垂直に交わる交差点へと差しかかると、ディルはおもむろに、そこを左へと曲がった。
中央通りから外れても、通りに近い場所にはまだいくつか店舗が点在している。「千の剣」は通りに面した巨大な酒場だが、本来小規模な酒場などはこういった場所に店を構えていることの方が多い。
ディルは、振り向かずに先へと進む。
さほど通りを進まないうちに、再び左に曲がり、今度はかなり細い路地へと入っていった。
ディルにとって、この路地が背後の三人の程度を測るひとつの判断基準だった。
しばらく路地を進んだ後、立ち止まって背後へと顔だけを振り向かせる。
三人の男たちの姿があった。二手に分かれるでもなく迷わずこの路地に入り、そのままディルのあとを追ってきたようだった。
なんだよ、期待外れな奴らだな。
ディルは小さくため息をもらすと、わざとらしく慌てた素振りで走りだす。
そんなディルの様子を見て、三人もまた同様に走りだしていた。
背後の様子を気配だけでうかがいながら、ディルは三人との距離がいくらか縮まるように走る速度を調節する。
そのまま目指す場所へと向かった。
そこは「千の剣」の裏手に位置する路地だった。ディルは一度酒場から離れた後、中央通りを外れてまた酒場の方へと戻ってきていたのだ。
この先を右へ曲がれば、酒場の倉庫がある袋小路となっている。ライマーの手伝いなどで何度か訪れ見知った場所だ。街中で闘うのならば、知っている場所の方が優位を保てるというものだ。
ディルはその路地に駆けこみ、そして素早く右腰から曲刀、シミターを引き抜いた。
三人が慌てて路地へと駆けこむと、そこでは逃げたかに思えた銀髪の青年が、すでにこちらを向いて待ち構えていた。右手に携えられたシミターが鈍い光沢を放っている。
ディルはシミターを下向きに構えたまま、路地に入ってきた三人を見据えた。
先頭のフードの男は、すでに両手剣を抜いて構えていた。ここまでの彼らの短絡的な行動からすると、その周到さは少し意外だった。
思ったより場慣れしているのかもしれない。ただ、後方の二人はまだ剣を鞘に納めたままだったが。
「悪いな」
フードの男がニヤリと笑う。両手剣を正面に構えると、剣先を斜めにしてディルへと向けた。ありふれた形の両手剣で、それだけに間合いは、昨日見たフィオリトゥーラのカルダ=エルギムの剣よりも広い。
その背後では、二人の男もそれぞれロングソードを抜いていた。ディルに対して明らかに後手となっているのだが、人数の優位からか随分と余裕のある動作だった。
フードの男が、間合いをわずかに詰める。
両手剣を正面に向け斜めに傾ける男の構えは、ディルから攻撃を仕掛けるとなるとなかなかに隙が少ない。
「ふんッ!」
気合の声とともに、フードの男が両手剣を振りかぶった。
それと同時に、背後の男の一人も動きだす。フードの男の右手、ディルにとっては左側から追撃でも入れるつもりらしい。
いやいや、それじゃ駄目だろ。
内心呆れながら、ディルは一歩踏みこんで曲刀を右へと薙ぎ払う。素早い一呼吸の動作だった。
フードの男が、振り上げた両手剣を打ち下ろす。だが、ディルは薙いだ自身の剣を追うようにして、滑らかに右へと身体を移動させていた。
男の両手剣の剣先が、激しく地面を打った。
どこぞの道場で修練を重ねたのかもしれない。剣を振り下ろす姿はさまになっていて、その速度もそれなりだった。
だが、フードの男は両手剣を地面に打ちつけた後、その動きを止めていた。そして、自らの足元にこぼれ落ちた物を見て、我が目を疑う。
フードの男の腹から、中身が飛びでてしまっていた。
男が両手剣を振り上げた瞬間、ディルが薙いだ曲刀が彼の腹を真横に切り裂いていたのだ。
フードの男は、わけもわからず慌ててうずくまる。
ディルの左手から追撃を狙った男は、ディルが動いたことにより、フードの男が邪魔で次の動作に移れずにいた。
ディルはフードの男の脇を抜け、後方に残っていた男へとするりと近寄っていく。曲刀は右肩に担ぐような形で構えた。
「うおッ」
ロングソードを構えた男は、慌ててそれを振り下ろす。
「慌てすぎ」
ディルがわずかに歩速を緩めると、男の剣が目の前で空を切っていた。
ディルが躱したというよりは、男が間合いを見誤っていた。接近するディルにつられて剣を振ってしまったのだ。
体勢を崩した男の、剣を持つ右手を叩き落とすようにして、ディルは曲刀を振り下ろす。
カランと音を立てて、男の剣が地面に落ちた。だが、落ちたのは剣だけではなかった。その右手がまだ柄を握ったままでいた。
「――うわああああッ」
手首から先が消失した自身の右腕を見て、男の目がこれ以上ないぐらい大きく見開かれた。
悲痛な叫びが喉元から溢れだしている。吹きだす血を見たその顔は一瞬で凍りつき、男はがくがくと震えながら、両膝を地面についた。
ディルは男の脇を抜け、くるりと振り向く。
右手を失った男の向こうでは、フードの男が自らの腹から飛びでた物を必死で押さえている。
動けずにいた無傷の男は、そんな二人の惨状を目の当たりにして、剣を構えることもできず、ただディルを見つめていた。その全身が小刻みに震えている。
ディルはそのまま無造作に動きだし、腹を抱えてうずくまっているフードの男の脇を通り抜ける。曲刀は右下に構えている。
「待ってくれ!」
男の必死の声に、ディルはぴたりとその足を止めた。偶然だろうが、それは動きを止めるにはここしかないという絶妙な間で発せられていた。
構えは解かず戦闘態勢を保ったまま、冷めた視線で男を睨みつける。
男は自分で叫んだにもかかわらず、動きを止めたディルを見て信じられないものを見たような顔をしていた。
「いいタイミングだったな。今更待ったもねえんだが、運がいいな、あんた」
男は自分で意図するでもなく、手にした剣を地面へと落としていた。身体に力が入らず、もう立っているのがやっとの状態だった。
ディルはちらりと手首を斬られた男の様子をうかがう。錯乱していて、すでにその戦意は失われているようだった。
「いいよ。せっかくだから何か話せよ」
ディルはそう言うと構えを解いた。シミターはまだ抜いたままでいる。
「や、雇われたんだ!」
「誰に?」
「わからない。名前は聞いてないんだ! 前金がでかかったから、つい引き受けちまった」
「へーえ。不意をつけば勝てると思ったんだ?」
「ち、違う。そいつが、び、Bランクっていっても、所詮剣闘士は一対一でしか闘えないって。三人で囲めばって、や、奴が」
男の身体の震えは次第に大きくなり、話す声も随分とうわずっていた。
ディルは口元にかすかに笑みを浮かべる。
違う? ようは三人なら勝てるって思ってたんだろ?
結果は違ったわけだが、彼らの雇い主、おそらくはフォルトンの言うことも一理あるなとは思った。それにしても、やり方が下手すぎたが。
「ちょっとそこで待ってろ」
「あ、ああ」
男は答えると、そのままへなへなと地面に腰を落としてしまった。
目の前には、いまだに飛びでた物をなんとかしようと自分の腹を押さえうずくまる男と、手首を失った右腕を反対の手で掴んだまま、茫然とする男の姿があった。腕からは血がどくどくと溢れだし、その顔から生気が見る見る失われていく。
ディルは視線を男たちに残したまま、倉庫前の袋小路から出ると酒場の方を眺めた。
白い石造りの建物の屋上。そこで、黒い髪が揺れるのが見えた。隠れたつもりらしいが丸見えだった。
「やっぱりな」
呟くと、ディルは酒場の方へと歩いていく。
「見てたんだろ?」
ディルが声をかけると、酒場の屋上から、ばつが悪そうに苦笑いするクリスタが姿を現した。その隣にはフィオリトゥーラの姿もあった。二人は、両手をついて覗きこむようにしてこちらを見ている。
「ごめん」
「いや、いいよ。それより何か適当な紐と、あとセーム革を持ってきてくれ」
「了解」
クリスタは慌てて立ち上がると、くるりと反転し、屋上から姿を消した。ディルからは見えないが、階段を駆け下り店内の倉庫へと向かう。
残されたフィオリトゥーラが神妙な面持ちで、ディルとその向こうの惨状を見つめていた。
「戻ってろよ。気分のいいもんじゃないだろ?」
ディルに言われても、フィオリトゥーラはその場を動かなかった。
やがてクリスタが戻ってくる。早かった。
「はい!」
まずは紐をディルへと投げ渡す。クリスタは、ディルが必要とする物の優先順位がわかっているようだった。
地面に落ちた麻紐を左手で拾うと、ディルは振り向き、再び袋小路へと入っていく。右手にはまだ抜き身のシミターを携えたままだ。
「おい」
地面に座りこんでしまった男へと声をかける。男は我に返り、びくりと身体を震わせた。
ディルは、手にした麻紐を男の足元へと放る。
「これで止血してやれよ。あと、そっちの奴はもう助からない。おまえがそれで楽にしてやるんだな」
ディルは男が先ほど落としたロングソードを指差すと、そのままくるりと踵を返した。
念のためわずかに視線を残しつつ、ディルは袋小路をあとにする。
少しすると、背後で男が慌てて紐を掴み、手首を失った男へと駆け寄っていた。ようやく思考が定まってきたらしい。
「はい」
クリスタが、今度は適当な大きさに千切られた鹿のなめし革、セーム革をディルへと投げ渡す。
ディルは左手でセーム革を受けとると、袋小路が視界に入る位置で、酒場の壁に背を預け、そのままシミターの刀身を革布で拭い始めた。
「戻ろう」
上ではクリスタがフィオリトゥーラに声をかけ、二人は店内へと戻っていく。
刀身に付着した血と脂を、時間をかけ丹念に拭いとると、ディルはシミターを右腰に下げた鞘へと戻した。
袋小路の方では、男が一度ディルへと視線を向けた後、意を決しロングソードをフードの男の首元へ振り下ろそうと構えていた。
血で汚れたセーム革を袋小路の方に向かって放り投げると、ディルは左手で髪をかきあげ、そのまま酒場の脇の路地へと向かって歩きだした。
「無事済んだみたいだな」
ディルが店内のカウンター席に戻ると、ライマーが待っていた。隣の席には先に戻ったフィオリトゥーラが座っている。
ディルが座ると、ライマーが目の前にジョッキを置いた。ジョッキにはエールがなみなみと注がれている。
「こいつは俺の奢りだ」
「助かるよ。もう少し飲みたいと思ってた」
ディルはジョッキの取っ手を掴むと、くいと持ち上げ、口につけるとそのまま一気に中身の半分ほどを飲み干してしまう。
「で、どうだった?」
「ただの雇われ連中だったよ。一応喋らせたけど、流石にわざわざ名乗って人を雇ったりする間抜けでもないらしい。まあでも、フォルトンなんだろうな」
「クリスタから聞いたが、簡単に片付いちまったみたいだな」
「ツーハンドの奴はちょっとできるかなと思ったんだけどね。でも、考えなしに振りかぶるような程度だった。あ、悪いけど倉庫の前結構汚しちまったから」
「構わねえよ。どうせ〝
「あの――」
黙って二人の話を聞いていたフィオリトゥーラだったが、ライマーが口にした「剣律」の単語に反応したようだった。
「ん?」
「どうした、お嬢さん」
ライマーとディルは、二人揃って彼女の方を見る。
「〝剣律〟という言葉、昨晩も耳にしましたが、それはどういった方たちなのでしょうか?」
フィオリトゥーラは二人のどちらにというのでもなく、浮かんだ疑問をそのまま口にして訊ねた。
昨晩ガーデンの話題で出たヴェンツェルに関する話から、彼女はそれを剣術の道場かそれに類する何かだろうと考えていたのだが、今のライマーの口ぶりからするとどうにもそういうことでもないらしい。
突然の彼女の質問に、二人は顔を見合わせた。
「このお嬢さん、剣律騎士団を知らないのか?」
「あー。こいつ、実は一昨日聖地に着いたばっかなんだわ」
ディルが、その顔に乾いた笑みを浮かべる。自分で言っておきながら、続くライマーの反応がわかりきっていたので、思わずそんな表情になってしまっていた。
「一昨日? いや。このお嬢さん、昨日試合だったんだよな?」
ライマーは、驚きとも呆れともとれる表情を見せる。予想したとおりだった。もっとも、この聖地で剣闘士を知る者であれば、大抵の者は同様の反応を見せるだろう。
「ライマー。悪いけど、それについてはもう話題にしたくないんだ」
ライマーに向かって手のひらを突きだすと、ディルが言った。その少し疲れたような表情を見て、ライマーは何かしら察して、続く言葉をのみこんだ。
「で、剣律だったよな?」
ディルがフィオリトゥーラへと向きなおす。
「はい」
フィオリトゥーラがすかさず返事をする。二人のやりとりを見て少し申し訳なさそうな表情を見せていた彼女だったが、それでも質問の答えへの興味の方が勝っているらしい。
「アルスタルトじゃ都市内の治安維持は教会が行ってるんだが、神官は事務的なことはこなしても、武力が必要なことなんかには基本関与しない。で、そんな時に出張ってくるのが、剣教お抱えの〝剣律騎士団〟ってわけだ」
「衛兵のようなものということですか?」
「ああ、実際そこらを巡回したりもしてるしな。さっき俺がやったみたいなことも、痕跡を見つければ必要に応じて調査を始める」
「なるほど。理解しました」
「赤白のローブに銀色の鎧が目印だ。ウチにも定期巡回とか言ってよく来やがる」
ライマーが言った。彼の口振りからすると、あまり歓迎される存在ではないのかもしれない。
「そーいや、クリスタはどうした?」
「ああ。闘いを見たばかりだからな、ここにいたらおまえに張りついちまうだろうと思って、他のところに行かせた。もっとも、そっちで盛大に話しちまってるかもしれんが」
「いいよ。広めてくれた方がフォルトンへのプレッシャーにもなるし」
ディルはそう言うと、再びジョッキを手にして残ったエールを一気に飲み干した。
「ライマー。フォルトンの話は助かったけど、他に何か面白い話とかないの?」
ディルの唐突な切りだしにもかかわらず、ライマーは待ってましたと言わんばかりにその顔に笑みを浮かべる。
「そうだよ、危うく忘れるところだった。面白い奴が聖地に入ってきたらしいぜ」
一言目から「面白い」と、そんな風に切りだすライマーの話がつまらなかった例はなく、ディルは軽く身を乗りだすようにして、続く話に耳を傾けた。
「半年ほど前、砂漠の南の帝国国境付近で小規模な山岳戦があったんだが、そこで帝国に雇われた傭兵の一人でな。戦闘自体は帝国側の圧勝だったんだが、どうやらそいつ、その戦闘で勢い余って味方の三十二人の帝国兵と他の傭兵五人も皆殺しにしちまったらしい」
「それはまた、やばい奴だね……」
「無論、帝国が黙ってるわけはなく、上層部も登場したとかでそいつは捕まり投獄され、死刑執行を待つばかりの身となったんだが、どこで聞きつけたのか教会から要請があったらしい。そいつをアルスタルトに寄越せってな」
「そんなのありなのかよ」
「ここは強ければなんでもありだからな。剣教の要請じゃ、いくら帝国とはいえ無下に断ることもできなかったんだろう」
「そいつ、やっぱり強いんだろうね」
こんな物騒な話を聞きながらも、ディルは妙に嬉しそうにしている。
「噂じゃ、戦闘能力はここのAランクにも匹敵するかもって話だ」
「マジかよ。しかし、そんな奴、〝D〟で闘わせたら滅茶苦茶になっちまうだろ」
「それがな、特例でCランクからの登録になったらしい。そいつを〝D〟からやらせると、対戦相手が全員殺られちまうだろうからってな。名目上は殉教者といっても、立て続けに死体処理なんてのは神官連中も嫌なんだろうよ」
ライマーはそこまで話すと一息ついて、いつの間にか手にしていたコップから、水だが酒だかわからない何かを口にした。
「そいつの名前とかは聞いてる?」
「ああ。名前は、ザリ。使う武器や闘い方なんてのはまだ一切不明だ。まあ、その辺は初戦のお楽しみってところか」
これまで真剣な表情で話していたライマーだったが、そこまで話し終えると、彼もまたディル同様に嬉しそうに笑った。
そんな二人の傍らで、これまでなんとなしに話を聞いていたフィオリトゥーラだったが、ザリという名を聞いた途端、なぜか彼女はそこに反応を示した。
その様子に気がつき、ディルが視線を向けると、彼女はおそるおそるといった風に口を開く。
「あの、お話中申し訳ありませんが、ザリという名、私の次の対戦者の名でもあるのですが……」
「はあ?」
思わず声をもらすと、ディルは口を開けたまま固まってしまう。ライマーも流石に驚きを隠せないようだった。
「ライマー。一応訊くけど、ザリなんて名前の剣闘士、そいつの他に聞いたことある?」
「いや。少なくとも東部じゃ聞いたことはねえな」
ライマーの返答を聞き、ディルは呆れた表情のまま、あらためてフィオリトゥーラへと向きなおる。
「そういうことかよ。おまえ、〝C〟との対戦を希望してやがったな。一戦一勝は確かに勝率十割だしな」
言いながらディルは、これまでのフィオリトゥーラの言動や行動で引っかかっていたことの原因はこれだったのかと納得していた。
昨晩、彼女に上位ランクとの対戦が可能という話をした際、「合点がいった」と口にしたことや、最短期間で次の試合を希望しそうな彼女の次の試合が二週間後という矛盾。つまりは、昨晩あの話をするまでもなく、彼女はすでにCランクを次の対戦相手に選んでいたのだ。
「試合後の申請の際、教会で神官の方が薦めてくださったので、そのように申請をいたしました」
おそらく神官は、初戦を難なく勝ち抜いた上位申請者に対して、よかれと思って進言したのだろう。
それにしても、今朝二人でああして腹を割って話をした以上、彼女はディルの考えをある程度理解しているはずなのだが、この事実に関しては、申し訳なさそうにするでもなくきっぱりと言ってのけた。
そんな彼女を見て、ディルは思わず笑ってしまう。
「ほんと話題に事欠かねえ奴だな」
今朝彼女と話したおかげか、それとも単純に呆れを通り越してしまったのか、こんなことも面白いなと素直に思うことができた。
「その試合、時間と会場は決まってるのか?」
ライマーが、フィオリトゥーラへと訊ねる。
「二週間後です。開始時刻や会場はまだ調整中とのことでした。試合の一週間前までには決定するとのことなので、後日また教会で確認する予定です」
「そうか。お嬢さん。いや、フィオリトゥーラ。その試合のこと、ここで話題にしちまっても構わねえか?」
ライマーはあまり表情に出さないが、彼が内心でかなり興奮しているのが、ディルにはよくわかった。
「あ、はい。構いません」
断る理由もなく、フィオリトゥーラはうなずき答えた。興奮気味のライマーとは裏腹に、彼女はよくわかっていないらしく、少し戸惑ったような顔を見せている。
「こいつはいい話のネタができたな。面白くなってきやがった」
ライマーはそう言うと早速誰かに話すつもりなのか、足早にカウンターの奥へ戻ろうとするが、ふと何かを思いだしたように足を止めた。
「そうだ。さっきの支払いで足りない分は、この話の礼ってことで俺の奢りだ。ついでに何か頼みたければ、そいつも好きにしていいぞ」
「え? さっきので足りてないのかよ?」
驚くディルに、ライマーはフィオリトゥーラの前に置かれている装飾入りの金属製のコップを指差す。
「おまえが普段飲んでるのとは物が違うからな。そいつだけで銀貨三枚だ」
「これ、そんなすんのかよ。ここから奢りなら俺も飲んでみるかな」
「好きにしろ。開けちまったからには、さっさと飲んでくれた方がこっちも助かる」
ライマーはそう言った後、手を上げると、今度は足を止めずにそのままカウンターの奥へと姿を消した。
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