第8話 ヴェレッツァ領

 美しいお城というのは、きっとこの場所に使うべき言葉なんだろう。

 外観も、内装も、何より城下町も。全てが統一されていて、しっかりと整備されていて。

 ようやく復興してきたと目に見えて分かるようになってきたここは、ドゥリチェーラ国内にあるもう一つのお城。

 名前もそのまま残っているので、今もここはヴェレッツァ城と呼ばれている。


「結局、残すんですね」

「ここも全て含めて、ヴェレッツァ城だからな。何より兄上が……陛下がそれをお望みならば、それで良いだろう?」

「でもここにあるのは玉座ですよ?一国の王が座るわけでもないのに、謁見の間を残すのは本当に問題ないんですか?」

「その椅子に座るべきは、ヴェレッツァアイを持つ者だ。本来あるべき姿に戻すだけなのだから、問題など起きようはずがない」


 いや、それはどうなんですかね?

 仮にも玉座と呼ばれていたものですよ?今はただの謁見の間にしかならないと言っても、基本的に座るのは領主ですよ?


「時と場合によっては、王が座る事も十分に考えられるがな。何より誰一人として、この決定に反対する者はいなかった。それが答えなのだ」


 建国の時代よりも前から、手を取り合って協力してきた初代の国王たち。その間にある絆は、今も途切れることなく続いているのだと。

 お互いがお互いのために立ち上がれるのは、どうやら王族同士だけじゃなかったようで。

 驚いたことに、元ヴェレッツァ復興のためにと声を上げてくれた人たちは貴族だけでなく、平民にも大勢いた。

 彼らは協力して、貴族は資金と知識を、平民は技術と労働力を。それぞれヴェレッツァ領のために使ってくれた。

 特に一緒に作業をしていたからなのか、それとも元々の気質なのか。平民同士は復興作業が終わった後も、お互いに交流が続いているのだと聞いている。


「独立や反乱など、やろうと思えばこの長い歴史の中でいくらでも機会はあったはずだ。それが一切ない国だったからこそ、信頼を得られているのだ。民からも、他国からも」


 だからこれからも、そんな事はないだろうと。それは確かに、最大級の信頼で。

 そして私自身、そんな事はしないと言い切れてしまうから。


「元ヴェレッツァの王族は、英雄様が大好きなんです」

「知っている。英雄の子孫もまた、ヴェレッツァアイを持つ者を好ましく思っているからな」


 それは時代や性別を超えて、世界の理の一つにでもなっているかのようで。

 けれどきっと、間違いなくこの関係が続いていくのだと確信を持てるほどの真実。

 不思議なまでに、欠片も疑う事はない。


「だが、まぁ。私が君を愛しく思うのは、ヴェレッツァアイの持ち主だからでは決して無いがな?」

「私だってそうです。アルフレッド様が英雄様の子孫だから、好きになった訳じゃないですから」

「カリーナ……」


 向き合った瞳が、やわらかく熱を持つ。

 頬に添えられた手が、優しく私の唇をなぞる。


 それは、殿下が口づけをしたいと思っている時の合図。


「ア、ルフレッド様……」


 謁見の間とはいえ、今は二人きり。断る理由も拒む理由も私には存在しない。


 だから殿下の望むままに、ゆっくりと目を閉じて――



「イリーナ!!今はそっちは駄目だよ!!」

「いやです!!おにいさまも早く!!せっかくのおいしいごはんが冷たくなっちゃいますよ!!」

「いや、だからっ……!!」

「おとうさまー!おかあさまー!おいしいごはんの時間ですよー!!」



 聞こえてきた声に、二人目を開けて。

 そして同時に、噴き出してしまう。


「これはっ……くくっ……」

「イリーナったら。ふふっ……」


 普段は大人しいお利口さんなんだけれど、食べ物に関しては異様なほど執着を見せる娘に。

 殿下の変なところが似ちゃったなぁと、二人で笑いあったのはつい最近の話。


「仕方がない。夜までお預けされておくか」

「娘には勝てないですもんね」

「ここの料理長の腕は確かだからな。何より、冷めた食事は確かに悲しい」

「そういう所、本当にそっくりですよね」


 それでも私の肩を抱くその手に体を委ねて、密着しながら出口へと向かった先で。


「あ!おとうさま!おかあさま!」

「待たせてしまったようだな。行こうか、イリーナ」

「はい!!」

「あの……父上、母上、ごめんなさい……」

「大丈夫よ、フェーリクス。お話はちゃんと終わったから」


 正反対の表情で待ち構えていた子供たちに、それぞれ言葉を返して。

 そうして家族四人、食堂へと歩き出したのだった。







 ドゥリチェーラ王国の領地となったヴェレッツァ領は、その後も発展を続けるが。ヴェレッツァ王国として旗揚げしようという案が出ることはなかった。


 また初代ヴェレッツァ領主であるフェーリクス・ヴェレッツァは、ドゥリチェーラ王族特有の瞳を持っていたが。

 ヘーゼルの瞳を持つ女性を妻として迎えた後、産まれてきた子供はヴェレッツァアイだったと言われている。


 その後ヴェレッツァ領を治める者は、常にヴェレッツァアイを持つ者とされており。初代領主のみが特別だったのだと伝えられている。


 初代ヴェレッツァ領主の妹であるイリーナ・ヴェレッツァは、ヴェレッツァアイを持って生まれて来たが。

 後に嫁いだ先でも、ヴェレッツァアイの子を産んだとされている。



 今日までも続くドゥリチェーラの繁栄の裏には、確かにヴェレッツァ領の功績があるのだと。


 王族たちの言葉を裏付ける証拠が、今も学者たちによって次々と見つけられているのだが。



 それは彼らにとっては、まだまだ先の未来の話で。


 今を生きている我々にとっては、遠い遠い過去の話なのだ。

















――ちょっとしたあとがき――



 これにて『王弟殿下のお茶くみ係シリーズ』完結です!!!!

 長い間お付き合いいただきまして、本当に本当にありがとうございました!!!!


 色々と感慨深いものはありますが、それはこの後のあとがきにて。

 もしお時間ありましたら、チラッと覗いていただけたら嬉しいです♪


 また彼らの物語を綴るのはこれで終わりですが、幸せな家族たちは今後も幸せに暮らしていきます。

 時折思い出して、彼らに会いに来てくださると嬉しいなと思います。


 ではでは、長くなってしまいますのでこの辺りで。

 本当にここまでお読みいただき、ありがとうございました!!!!


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