第6話 騎士と軍人
「殿下。この国には騎士団と軍隊が存在していますよね?」
「あぁ、そうだが。それがどうかしたのか?」
「具体的に騎士と軍人って、何が違うんですか?」
それは殿下が軍事の指揮権を持っていると聞いてから、ずっと疑問に思っていたこと。
騎士団は騎士団で、騎士団長が存在しているわけで。でも軍隊は軍隊で、また別物らしいし。
それなら、騎士と軍人って何が違うの?と。そう疑問に思うのは、自然な事だと思う。
「ふむ、成程。確かに明確な違いを話した事は無かったかもしれぬな」
むしろ軍隊という存在すら、あまり目にしたことはなかったので。
「軍隊と言う存在や考え方は、我が国独特の物だ。ドゥリチェーラの起こりが、軍事国家であった事は知っているか?」
「はい。令嬢教育でも王弟妃教育でも教わりました」
「それならば話が早い。つまり軍隊の方が、その頃の名残なのだ」
要するに、英雄様が作ったのは軍隊だった、と。
でもそうすると、その後に騎士団が新しく出来たという事になる。軍隊は既に存在しているのに、なぜ?
そう思いつつ首を傾げていたら。
「そもそもにして、役割が違うのだ」
「役割、ですか?」
軍隊と騎士団の、ということなんだろうけれど。
この辺りの詳しい内容は、どちらの教育でも出てこなかった。
「普段女性が気にすべき事ではないからな。特別教える必要もない」
「だから何も言われなかったんですね」
疑問に思った時に聞き返せばよかったのかもしれないけれど、あの時は本当に時間もなかったから。
とにかく必要最低限だけでも覚えてしまおうとしていたのが、きっとよくなかったんだろう。
今度からはその辺りもちゃんと気を付けるようにするとして。
「だが、まぁ。知る事は悪い事ではない。何より折角興味を持ったのならば、簡単にではあるが説明だけでもするが」
どうする?と問いかけてくる視線に、今が休憩時間だということも含めて詳しくは話せないのだろうと理解する。おそらくは時間の関係で。
ただ割とどうでもいい話を毎回しているので、このくらいの私の素朴な疑問程度なら少しの時間があれば問題ないとは思う、けれど……。
「お戻りになられてからでも大丈夫ですよ?」
「いや。もしかしたら途中でつまらなくなってしまうのではないかと危惧しているだけだ。君が聞きたいと思ってくれているのであれば、私としては今話すのは吝(やぶさ)かではない」
「それなら、ぜひお聞きしたいです」
だってこのまま宮殿に戻っても、ずっとモヤモヤしたままだろうから。
「ふむ。では少しだけ、騎士団と軍隊の役割について話そうか」
「はい!」
私が頷いたのと同時に、セルジオ様がさり気なく殿下のティーカップにお茶を注ぎ足す。
話している間に喉が渇くだろうからという、まさに気遣いなんだろう。
「端的に言ってしまえば、騎士団は国内を、軍隊は国外をそれぞれ担当している集団だな」
「国内と、国外?」
音もたてずに定位置に戻って行くセルジオ様から、殿下に視線を戻せば。それを合図にしたように、殿下が話し始めてくれるけれど。
初っ端から、意味が掴みきれなかった。
「例えばだが、カリーナは市井にいた時に王都で騎士を見かけたか?」
「はい。時折」
「では、軍人は?」
「え、っと……軍服を着た方を見た事は、一度もありませんでした」
「そうだ。つまり、騎士は国内で治安維持と防衛を担当している。だから普段から大勢の目に触れる機会が多い」
確かに何か揉め事があったりすると、担当地区の騎士が飛んでくるというのはよくある話。
それが、治安維持と防衛。
「…………防衛……?」
治安維持は分かるけれど、果たしてこれは防衛なんだろうか?
「防衛はもしもの時の、民への避難指示などにあたる。戦いもするが、基本騎士は守る者だ」
「騎士は、守る者……。つまり、軍人は……」
「戦う者。言い換えれば、命を奪う者。他国との戦争の際に外へと赴き攻め入るのは、騎士ではなく軍人の役目だ」
それが、英雄様の時代から続く軍隊の役割。
守るためにあえて戦い、国の外に出ていく人たち。
「……だから殿下が私を迎えに来てくださったときに一緒にいたのは、騎士の方たちではなく軍人の方たちだったんですね」
「あぁ。それに軍を動かせるのは、英雄の血を引く者のみだからな。陛下は動けぬので、必然的に私が指揮を取る事になる」
なるほど、そっか。だから騎士団と軍隊の二つが、同じ国に同時に存在していたんだ。
「後はまぁ、騎士と軍人では鍛え方から訓練の仕方から考え方から、馬の教育に至るまで何もかもが違う」
「それでも……同じように国を守りたいという意志を持った方々なんですよね?」
「あぁ。何より彼らもまた、ドゥリチェーラの王族が守るべき民でもある」
だから王族が先頭に立つんだ。彼らを死なせないために。一人でも多く生き残らせて、国に帰らせるために。
そして彼らもまた、国の象徴である英雄の血を引く王族が一緒だからこそ。何としてでも生き延びて守らなければと、奮闘するんだろう。
とはいえ対アグレシオンの時には、軍人は誰一人怪我をすることすらなかったそうだから。きっと本当に、鍛え方が全く違うんだろう。
逆に不意打ちを受けたという騎士の中には、かなりの重傷を負った人もいたらしく。
流石に詳細は教えてもらえなかったけれど、出来る限りの事をと思って差し入れを作ってお渡しして下さいとお願いしておいた。
もしかしたら、亡くなった方もいたのかもしれないけれど……。
「国境付近は、常に危険が伴う。本来であれば、軍人を置いておきたい所ではあるがな」
殿下がそう言うってことは、やっぱり国内だからそこはちゃんと線引きをしないといけないということなんだろう。
曖昧にしてしまったら、本当にもしもの時に指揮系統に混乱が生じる。これに関しては王弟妃教育で、軍事に際して本当の有事の際以外口を出さないようにと言われた時に説明されたから。
確かに同じ場所で二つの部隊に二人の指揮官なんて、混乱が起きないはずがない。
「さて。そろそろお時間ですね。殿下、妃殿下。続きは執務終了後でよろしいですか?」
「あ、はい」
「今日もなるべく早く終わらせて戻ろう。それまでゆっくりしていれば良い」
「はい、殿下。ですがあまりご無理はなさいませんように」
「ははっ。肝に銘じよう」
だいぶ忙しさも緩和されているから、大丈夫だとは思うけれど。一応釘を刺しておかないと、この王弟殿下様は時折頑張りすぎるから。
「あ。今日は夕食後のデザートに、紅茶のゼリーを作ってみたんです。ぜひ感想をお聞きしたいので――」
「それは楽しみだな!セルジオ、急いで終わらせて早く戻ろう!」
「はいはい。全く、そういう時だけ仕事に戻るのが早いですね」
「ふふっ」
子供のような殿下を見られるのは、きっと私だけの特権。
だってきっと今日のデザートの感想を話してくれる時は、今以上にキラキラとした瞳をしているだろうから。
騎士と軍人の違いを話していた時とは全く違う、楽しそうな笑顔で。
けれどきっと、あの真剣な表情も殿下の本心。
どちらも本当で、どちらも素敵で。
きっと私はこれからもずっと、その両方の殿下を一番近くで見続ける事ができるのだろう。
その幸運を噛み締めながら、私は殿下の執務室を後にした。
――ちょっとしたあとがき――
現代で言うと、騎士団=警察でしょうか?
警察と軍隊は別物だよね、と。そういうお話でした。
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