第5話 市井へ

「殿下の髪と瞳の色が……!!」


 前に武器屋のアルマさんの所に行った時とは、また違う色になっていて。

 しかもまさかの黒髪に茶色い瞳!!明らかに異国人の色!!


「ど、どうされたんですか!?また視察ですか!?お忍びですか!?」

「落ち着けカリーナ。そして……まぁ、そうだな。そのどちらも、だな」


 いやいや!むしろ事前に何も言われずに驚かないわけがないですからね!?

 落ち着けって言う前に、先に教えておいてくれませんかね!?


「……確かに、その通りだな。次からは気を付けよう」

「えぇ、お願いします」


 何も口に出していないのに、私の言いたいことが分かる殿下に。最初の頃は周りの人たちも、不思議そうに首を傾げていたはずだった。

 それが今ではまるで当たり前のように、あぁまたかぐらいにしか思われていないのか、何の反応も返ってこない。

 いや、まぁ……それでいいんですけれどね?


「それにしても……。毎回思うのですが、本当に髪と瞳の色を変えるだけなのですね」

「そうだな。王族の見た目など、市井では殆ど伝わっておらぬ。むしろ貴族ですら、服装だけ変えてしまえば分からないだろうな」


 それは、確かに……。


「折角だ。前のように、カリーナも共に市井へ行くか?」

「ぜひ!!」


 平民時代には何度も通った道でも、殿下に嫁いでからは滅多に平民街におりることはなくなってしまって。

 むしろこういう機会を逃さないようにしないと、次はいつ行けるのか分からないから。




 で。




「……一応お伝えしておきますが、私はこの辺りの出身ですからね?」

「知っている。だから案内役として適任なのだ」


 いや、そうじゃなくて。うん、まぁ、案内は出来るけど。

 私の瞳の色を前と同じ青色に変化させたところで、分かる人には分かると思うんだけどなぁ?

 確かにこの国では、この瞳の色はありふれてはいるけれども


「他人の空似と言うのは、よくある事だ。第一何年も顔を見ていない相手を、どこまで覚えているのか」

「それは、そうなんですけれども……」


 そう言いながらも、旅人風の服装に着替えた殿下は私の後ろをついてくる。

 今回の設定は、遠い異国からの旅人ということらしい。そして私は現地で見つけた、案内人というところ。

 なので。


「ここです。ここのおばさんのカルツォーネが、王都で一番美味しいんですよ!」


 案内人として、ちゃんと私もお仕事をしているのです。

 そしてここで屋台を出しているおばさんのカルツォーネが一番美味しいのは、孤児院だけでなく王都では誰もが知っていると言っても過言ではないほど有名だった。

 その証拠に、屋台なのに珍しく行列まで毎回できているんだから!!


「成程、な」

「食べ歩きに最適ですし、何より大勢が集まるので会話を聞いているだけでも楽しいですよ!あとおばさんもお話し好きなので、色々教えてくれますし!」


 情報が欲しいのであれば、こういう所が最適だろう。

 あとは食堂とか、可能なら酒場とか?

 でもなぁ……この人顔がいいからなぁ……。下手に色々連れまわしたら、それこそ噂になっちゃうよねぇ。


「えー?田舎ではまだ貴族がいばってるの?」

「みたいだよ?この間仕事で地方に行ってたお父さんが、実際に見たんだって」

「あれでしょ?えらっそーにしてる太った貴族」

「そうそう!前まで王都にもいたけど、そういうのがまだいるんだってー」

「やだねー。私ここから出て行きたくないなぁ」

「そんな予定ないじゃん!」

「そうだけどさー」


 待っている間に聞こえてきた会話は、少し若い声だったから。きっとまだ成人していない女の子たちなんだろう。

 女の子って言っても、たぶんあと数年で働き始めるような年齢だろうけど。


「ほらほら!あんまりお貴族様の悪口言ってると、また痛い目にあうよ!」

「王都ではもう大丈夫なんですぅー」

「おばさんだって知ってるじゃん!国王様たちが、そういう貴族を王都から追い出してくれたって!」

「知ってるけどねぇ。そう簡単に全部が全部よくなるわけじゃないよ。ほら、あんたたちの分。そういう話は、家の中とか聞こえないところでしておいで」

「はーい」

「じゃあね、おばさん!またね!」

「はいよ!毎度あり!」


 その内容は、きっと殿下が知りたかったものの一つなんだろう。だって隣に並んでいるその目は、真剣そのものだったから。

 それに。


「まだ、いるのか……」


 小さく呟いた言葉は、私にしか聞こえないくらいの声量だったけれど。

 きっとそこに込められた思いは、軽いものじゃない。


「お待たせ!おや、珍しい髪色だね。旅人さんかい?」

「あぁ。遠くから来たので、言葉がおかしくても許してほしい」

「いやいや、そんなことはないよ!ちょーっと古臭い感じだけど、まぁ最近の流行り言葉なんて他国にはそう簡単に伝わらないだろうしねぇ」

「そうだな」


 出来たてが売りのこのお店では、注文されてから揚げる形式だから。その間少しだけお話しができる。

 その時間を有効に使って、殿下は聞けるだけ疑問をぶつけてみることにしたらしい。


「そういえば、この国に来るのは初めてなのだが」

「そうかいそうかい!いい国だろう?あたしたちの自慢の国さ!」

「自慢、か……。だが先ほど、貴族が何とかと聞こえたが?」

「あぁ、あれかい?そうだねぇ。ちょっと前までは、偉そうに威張り散らす貴族がいたもんだが……。この国の王族はね、そういうことを許さない方々なんだよ」

「ほぅ?」

「国王陛下と王弟殿下のお二人が協力して、横暴な貴族たちを王都から追い出してくれたらしくてねぇ。おかげであたしら平民は、ご覧の通りのびのび平和に暮らしてるってわけさ」

「そうか。それは良かった」

「きっとどの国よりも居心地がいいよ?住みたくなったらいつでも歓迎するよ、旅人さん。ほら、二人分お待ち!」

「あぁ、ありがとう。……幸せそうで、良かった」

「あはは!あたしは毎日幸せだよ!」


 屈託なく笑うおばさんに、殿下は本当に心底安心したような、ホッとした表情を浮かべていて。

 自分たちの政策が、ちゃんとここまで届いているということが分かって嬉しいんだろう。


「また来てね!」

「あぁ、必ず」


 別れ際、そうおばさんに伝える殿下は。

 少しだけ眩しいものを見る、少年のような顔をしていた。















――ちょっとしたあとがき――



 作中では全く出てきませんでしたが、色々と裏で様々な改革を行い頑張っていました。

 努力が報われて嬉しい殿下。

 そして地方で偉そうにしていた貴族は、きっとこの後特定されることでしょう。

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