第10話 薬の魔女10
「まだ理解出来ぬか?牢に繋がれておきながら、自らの罪も理解し得ぬ愚か者め」
そう冷たい目で見下ろしてくるのは、アタシの標的だったはずの男。
むしろアタシの作り出した完璧な媚薬を、口にしたはずの……。
「王弟っ……!!」
どうして普通にアタシの前に立っているんだ。
どうして狂っていないんだ。
どうしてアタシは……!!
「お前が自らを"薬の魔女"と名乗っているという報告は受けている。が、実際に薬を作って証明する事も出来ぬのであろう?」
「作れるさ!!あの完璧な薬は、アタシが作ったんだ!!」
材料だって作り方だって、全部覚えてる!!
覚えてる、はずなのに……!!
「簡単な傷薬一つ、作れなかったらしいではないか。それでよくそんな世迷い事が言えるものだな」
そんなはずはない!!アタシの薬はよく効くって評判だったんだ!!
なのに……!!なのにっ!!!!
「材料を揃えてやったというのに、一切何も出来ずに立ち尽くしていたそうだな」
違う!!
覚えているはずなんだ!!作れていたはずなんだ!!
現にアタシの薬で、この王弟から愛人を奪ってやった!!それは間違いない!!
けどっ……!!
「どうしてッ……!アタシは作れるはずなんだ!!知識も経験もある!!作れるはずなんだよ!!」
それなのにどうして、何一つ体が動かないんだ!!
どうして毎日していたはずの薬の調合すら、日が経つごとに分量も手順も分からなくなっていくんだ!!
おかしいだろう!?!?
「誰を庇っているのかは知らぬが、早めに口を割る事だな。その年で罪が重くなるのはつらかろう?」
「ッ!!こ、のっ……!!アタシを誰だと思ってんだい!?薬の魔女だよ!?完璧な媚薬を作り出した天才だよ!?」
「それが証明出来ぬのであれば、ただの老婆と何が違う」
「ッ!!!!」
その失礼な言葉に、牢の柵を思わず掴んだけど。
力いっぱい掴んだはずなのに、音を立てることすらできない。
「殿下、これ以上は時間の無駄です。お戻りください」
「ふむ。確かに、そのようだな。才も無い女に構っていられるほど、流石に暇ではないのも事実だ」
「えぇ。後のことは他の者にお任せください」
「あぁ。戻るぞ、セルジオ」
「はっ」
なんなんだ…………なんなんだ本当にっ……!!
アタシに才能がないって言いたいのかい!?
本当に……本当に失礼な奴だッ!!
「ふざけるなッ!!!!アタシをこんなところに閉じ込めて!!お前たち全員、アタシの作った毒で殺してやる!!!!」
もうなりふり構っていられないッ!!こうなったら、最終手段だ!!
猛毒の作り方なら、熟知してる。治すためにも知らなきゃ意味が無いからね。
そう、だから。
だから…………
「毒…………毒の……作り方ッ……!」
作れたはずだ。知っていたはずだ。
そう、だから。思い出せ、思い出せっ……
「憐れだなぁ、薬の魔女」
「っ!?その声……預言の魔女か!?」
柵の向こうに現れたのは、最近見ていなかった見慣れたフード姿の老婆。
アタシよりもずっと醜い年寄りの姿をしているからなのか、この魔女はいつもこうして姿を隠している。
「どうして、あんたがここに……」
「言っただろう?全てを失うぞ、と」
「それが、いったい……」
「世界から薬の魔女の権利を剥奪すると預言があった。それと同時に、力だけじゃなく止まっていた時も動き出す」
「な、にを……」
「分からないかい?魔女でなくなった女は、ただの女だ。そうなれば、急激な老化と……」
聞こえていたはずの声が、どこか遠くなったような気がして。
見えていたはずの場所が、なぜかうすぼんやりとしか認識できなくなってきた。
「それに伴い起きる変化の後、死に至る」
「…………死……」
死ぬ……?このアタシが……?
「ばか、な……アタシの……」
「薬の魔女。いいや、レベッカ。あんたの役目は、終わったんだよ」
「……役目?」
「世界はね、あんたを見放したんだ。もういらない、ってね」
「……世界、が……アタシを……」
なんだ、それは……。
それじゃあまるで、アタシが世界に利用されていたような言い方じゃないか。
「だから忠告してやっただろう?聞く耳を持たずに跳ね除けたのはあんた自身だよ」
「そんなの……」
なにをふざけたことを言っているのかと抗議してやろうと、もう一度柵を掴もうとした手が。
見る見るうちに皺だらけになっていき、枯れたように細くなっていく。
「あ……あ?」
「ほら。もう時間がないんだ」
時間?
いや、それよりも…………そんなことよりも……!!
「あああぁぁっ!!!!アタシのっ……アタシの手がっ……!!」
「手だけじゃないよ。顔も、体も。全部今一気に老いてる」
「ああぁ!!いやだああぁぁ!!醜い姿になんてなりたくないぃぃ!!!!」
美しさが欲しいなんて言わない!!ただ若さが欲しい!!
永遠に近い人生を手に入れた魔女たちの中で、アタシは老いぼれの姿だなんて許せなかった…!!
だから見返してやろうと思っていたのに!!それなのにどうして!!!!
「あんたもっ!!あんたも醜い老いぼれじゃないかっ!!どうしてそんな姿で満足できる!?」
アタシ以上に老いぼれのくせして、どうして世界を恨まないのか!!
「…………世界はね、残酷なんだよ。だって、ほら……」
そう、呟いて。
アタシの目の前で、老いぼれだったはずの預言の魔女は……。
「これが、本当の私の姿だから」
どこか悲しそうな顔をした、二十そこそこの若い娘の姿になった。
「…………なん、だい……それは……なんで……」
結局、老いぼれはアタシだけだった。
全員、若いまま魔女に選ばれたっていうのに。
アタシ、だけが……。
「……世界、なんて…………」
「恨んでいいと思うよ。私は。けど……世界の意思には、誰も逆らえない。たとえドゥリチェーラの王族だろうと、ね」
あぁ、結局。
アタシの人生は、世界に利用されてただけだったのか。
「はは……」
最初からきっと、アタシじゃなくてよかった。
必要となんて、されていなかった。
それを、どこかで分かっていたから。
アタシは、世界をはじめから恨んでいたんだろう。
かすみゆく意識の中、妙にハッキリと見えたのは。
アタシを見下ろしている、預言の魔女だったはずの。
知らない娘の顔だった。
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