第9話 薬の魔女9

「何度も言っているだろう?下手なことをすればすべて失うぞ、と」


 そう説教臭く言ってくるのは、預言の魔女。

 アタシよりも歳を重ねているのか、その声はいつもしわがれている。薬を欲しいと言われたことはないから、こっちからそれについて言及したことはないけど。

 ただ毎回毎回、口うるさいのは面倒だからやめて欲しいもんだね。

 大体、アタシが何をしようがこの魔女には関係ないはずだ。


「知らないね。アタシはアタシの好きなことを好きなように、やりたい事をやりたいようにやるだけだ」

「それが背く行為だと分かっていてもか?」

「はっはっは!!世界だって!?笑わせるねぇ!!」


 薬をかき混ぜる手は止めないまま、それでも腹が立つ言葉にだけは言い返しておく。


「世界が何をしてくれた!?アタシたちを幸せにしてくれたのか!?」

「何も知らないからそんなことが言えるんだ」

「あぁ、あぁ、知らないさ。あんたみたいに、何もせずとも力を手に入れたような奴と一緒になんかされたくないね」


 アタシは自分で知識を手に入れた。けどこの魔女は違う。

 預言ってのは、世界から言葉を預かるだけの存在だ。何の努力もせずに、ただ選ばれたから手に入れただけの力。

 こういう所も、世界の不公平さが出ていてホントにイヤになる。


「はぁ……。いいのか?薬を作るのが唯一の趣味であり特技だろう?」

「それこそおかしなことを聞くな。努力したからこそ、失うことはないんだ」


 これはアタシの力だ。アタシが努力して身に着けた知識と経験。

 それを失うなんて、あり得ない。


「そうか……」


 ようやく納得して出て行った預言の魔女は、それ以来アタシの店を訪れることはなかったけど。

 むしろ、それでいい。邪魔されるのは大っ嫌いなんだよ。


 それにあいつだけじゃなく、魔女という存在には基本的にアタシの薬は効かない。というか、見破られる。

 知識の魔女は匂いや味で。預言の魔女は世界からの言葉で。癒しの魔女に至っては、分かっていて口にしてから自分を癒す。


「無効化とか、反則じゃないかい!?」


 そういう意味では、今作っているこの薬は効果がないんだろう。

 だが。


「ようやく……ようやく長年の夢が叶いそうなんだ……」



 完璧な薬を。



 薬屋なら、誰だって一度は夢見るだろう。

 万能薬なんて、夢でしかないと分かっているからこそ。それ以外の薬で完璧を求める。

 薬か毒かなんて、結局は量と効能の差でしかないからね。


 そして。


「匂いも味も、色もない媚薬。これが完成すれば、確実に王弟に一泡吹かせられる」


 愛人を城の中に連れ込んでいたくせに、いなくなったら探すことすらせずに宰相家の娘と簡単に結婚した王弟。

 いやむしろ結果として、アタシの行動はその結婚を手助けしただけだったのかもしれない。直接何か手を下す必要もなく、いらない存在を排除しただけ。

 もしそうだとすれば、誰に知られることもなく禍根も残さず、王弟の思い通りにコトが運んだことになる。


「そんなの許せないからね。忌々しい王弟め!」


 だったらいっそのこと、今一番幸せそうなところを壊してやりたい。

 宰相家の娘を娶っておきながら、他の女とも関係を持たせてしまえば。きっと愛憎入り交じった面白い展開が待っているに違いない。


「侵入させるのは簡単だからね。まだ薬の効果が切れない今のうちに、どこかの貴族の娘を向かわせてやる」


 そうして待っているのは、国の崩壊か。もしくは王族からの除名か。

 たしか国王には既に王子がいたはずだから、除名も十分あり得る。特に宰相家を相手にするとなれば、なおさらだろう。


「落ちるところまで落ちてしまえばいいんだ。そのためなら何度だって、完璧な媚薬を運んでみせる」


 そして、より多くの女と関係を持てばいい。

 歴史上初の、色欲に溺れたドゥリチェーラの王族、なんて。不名誉な烙印を押されて生きればいいんだよ。


「なんなら、この先ずっと語り継がれてくれてもいいんだよ。くくっ」


 楽しみで楽しみで、仕方がない。

 まだすぐには完成しない上に、そのために必要な客もいないけど。

 そんなこと、関係ない。


 まだ見ぬ未来を思い描いて、アタシの心は踊り出さんばかりに浮足立っていた。




 そう、だから。


 どうして、こんなことになったのか、なんて。



「どういうことなんだい!?!?」



 完璧なアタシの計画が、どこで狂ったって言うんだい!!!!




















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