第8話 薬の魔女8

「兄が言ってたんだろう?アタシの薬はよく効くって」

「言っていた、けれど……」

「使用者がそう言ってるんだ、間違いはないよ」

「それは……」

「第一貴族相手に薬を売ってるんだ。効かないようなら、今頃アタシはここにいないだろう?」

「……そう、ね」


 簡単な誘導に引っかかるのは、貴族の娘だからなのか頭が空っぽだからなのか。

 とはいえ、アタシの薬が効くのは本当だからね。

 そう、だから。アタシの言葉が間違っていないと、刷り込ませた段階で。


「アタシの薬は完璧だ。疑う余地もない。この魔法陣だってそれと同じさ。そうだろう?」


 娘の手を掴んで、魔法陣を発動させる。

 そうすれば。


「…………そう、ね……。薬屋の言うことは、疑う必要なんてないわ……」


 虚ろな目をして、そう答える。


「まさか、そんなに簡単に……?」

「言っただろう?特別だって。これで、信じられるんじゃないかい?」


 驚きに目を見開いたままの娘たちに向かって、不敵に笑ってみせれば。

 残りの全員が、首を縦に振って頷く。


(そう、それでいいんだよ。この魔法陣は強力だから、他人に預けるのはこれっきりにするけどね)


 それでもアタシの正しさを証明できるのなら、安いもんだ。

 ただ、証拠を残されたら困るからね。娘たちに渡す紙は、魔法陣発動後燃えるように薬品を仕込んでおこうかね。

 魔法に反応して発火するだけなら、魔法陣に直接影響はない。完璧だろう?


「さて。全てが終わったら報告に来てもらうとして、だ。お前さんたちの目的は、例の女を追い出すってことでいいのかい?」

「えぇ。平民の小娘がいなくなれば、それで十分よ」


(小娘、ねぇ……)


 アタシの目の前のこいつらだって、十分小娘だっていうのに。その娘たちにすら小娘呼ばわりされるのは、いったいどんな女なのか。

 それでいて王弟の愛人だろう?想像がつかないねぇ。


(あぁ、それとも)


 王弟ってのは、の趣味があるのかねぇ?

 だとすれば、今までの媚薬が効果を発揮できなかった理由も納得できる。そりゃあ、ただの貴族令嬢たちじゃあ不足だろうさ。

 とはいえこの娘たちの様子からして、そこまで不男ぶおとこってわけじゃないんじゃないかねぇ?少なくとも、その男の妃になりたいって親に言われたからだけじゃなく本人が思うくらいには。


(ただそうだとしたら、世界が愛した存在はずいぶんと残念なんだねぇ)


 そうなってくると、いっそ王弟に媚薬を売りつけた方が面白かったのかもしれない。今のところ、この国の王族が色欲に狂ったって話は聞いたことないけどね。

 まぁ何はともあれ、これで交渉成立ってとこだろう。五人分の例の香水も、ちゃんと出しておく。

 あぁ、今回はサインはいらないけどね。さすがに貴族の娘たちの口約束なんて、簡単には信じられないから。


「いいかい?くれぐれも、他言無用だよ?」


 こっちもちゃぁんと、薬の効果を最大限引き出しておく。

 この娘たちとは違って、直接相手に触れなくても魔法陣の効果を発動できるのが利点だねぇ。


「…………分かっているわ……」


 頷く娘たちの目は虚ろ。それは薬が効いた何よりの証拠。

 これで問題はそうそう起きない。



 そう、思っていたけど。



「そこまで徹底して他言無用になんてしなくていいんだよ!!」


 せっかく追い出したという女を、アタシが確保することもできないまま。

 というよりも、追い出しに成功したと報告に来たのが当日じゃなかったせいで、結局その姿すら確認できなかった。


「こんなことなら、実行日も決めておけばっ……!!」


 そこに関しては、アタシの見落としだ。悔やんでも悔やみきれない。

 その他の計画は全て成功だっただけに、悔しくて仕方がない。


「使用人でも何でも使って、報告させればよかったんだよ。何なら捕まえて連れてきてくれてもよかったのにっ」


 こういう肝心なところで使えないのが貴族だって、分かっていたはずだったのにしくじった。

 しかも具体的な特徴は、珍しい瞳の色をしているってだけ。髪が短いなんて、平民だったら普通すぎて特徴にもなりゃしない。


「王弟の愛人かどうかすらもハッキリとしていないってのにっ!!」


 自白剤でも使えば、いくらでもその正体は分かったはずだ。ただそれだって、肝心の女本人がいなきゃ意味が無い。

 世界に愛されてる王族の手の中から、正体不明の女を奪ってやったというただそれだけ。


「それだけじゃあ、アタシの腹の虫はおさまらないよ!!」


 例えば本当に王弟の愛人だったとしても、どこまで大切にされていたのかで意味合いは変わってくる。

 けどその後の動向は何も聞こえてこない上に、あの貴族の娘たちも追い出したことで満足したのか、それ以上王弟に何か仕掛けようともしない。


「あぁもう!!だからバカの相手は嫌いなんだ!!」



 結局本当に何も分からないまま。

 イライラしている間に、なぜか今まで空白だった王弟の婚約者まで決まって。


 さらにそれがあの貴族の娘たちの中の誰でもなく、宰相家の娘だなんて。



「本当に腹立たしい存在だね!!!!」



 その後の結婚式当日、市民への顔見せという名目でバルコニーに姿を現した王弟は。

 遠目からでも幸せそうなのが見て取れて、余計に腹が立った。



 だからアタシは、この時に決めたんだ。


 必ず、あの王弟にアタシの媚薬を盛って、狂わせてやるって。














―――ちょっとしたあとがき―――



 薬の魔女、盛大に殿下の好みを勘違い。

 ドゥリチェーラの王弟殿下の好みは、いたってノーマルです。




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