番外編 ~預言の魔女の独り言~
「本当に、残酷だよね……」
小さく呟いたはずの言葉は、思った以上に静かな牢の中に響いて。
目の前で急激に年を取ったせいで命を落とした元薬の魔女は、骨と皮だけの老婆の姿になって横たわっていた。
見つからないように預言の魔女特有の魔法を使っているから、姿も声も知られることはないけれど。同時に彼女の死の瞬間も、私達以外誰も知ることはなくなってしまった。
『ビーが気に病む必要なんてないよ?ちゃんと忠告してあげたのに、結局それを無視したのは彼女の方だからね』
「そう、だけど……。実際世界を恨みたくなるのは、仕方がないかなって」
彼女は正しく選ばれた魔女ではなかったから。
運命の二人が早く結ばれるために、世界に利用されただけ。仮初の、繋ぎの魔女。
『本当の薬の魔女は、今ようやく成長してきてるんでしょ?』
「そう。もう数年したら、選ばれたって教えに行かないといけないの」
それも預言の魔女の仕事の一つ。
だから世界が彼女を排除したがっていたのは、分かっていたけれど。
「利用するだけ利用して、いらなくなったら能力奪ってポイって……酷いなんて言葉じゃ足りないくらい……」
世界というのは、身勝手で残酷だ。
『まぁでも、ビーの言葉を聞いて受け入れてくれたら、世界だって認めてくれるつもりだったんでしょ?』
「受け入れないような人物だって、分かってたから出してきた条件じゃない。無理だと思うけどって言われたんだから」
むしろ最初から捨て駒のつもりで選んだ人物だったわけだから、その辺りは織り込み済みだったんだろう。
そうじゃなければ、本物の薬の魔女として選んだ相手に力を渡せないから。
でもきっと彼女は彼女で、どこかその真実を感じ取っていたんだと思う。そうじゃなければ、あんな風に最初から世界に対して悪い感情を持っていることなんてそうそうないはずだ。
『それならビーにはもうどうしようもなかったんだよ。そう思って、諦めるしかないでしょ?ね?』
「そう、なんだけどね……」
スッキリしないというか、後味が悪いというか。
しかも私だって、ずっと彼女をだましてきたわけだから。
というか、私の本当の姿を知っているのは世界とフィルと、あとは老婆の姿になる魔法を教えてくれたレオ本人くらい。
私が世界からの預言を伝えても、今の若い女の姿だと信じてもらえないと思うって零したら。特殊な魔法だけどって前置きしつつ教えてくれた。
だからこれは、世界に与えられた力とは関係ない。
でも、まさかそれを。
『まぁ、分からなくもないよ?わざわざ最後に、ビーまで本当は若い時に選ばれてたんだって暴露するのは、流石に意地悪だなって思うから』
「意地悪、なんて……」
きっとそんな、軽いものじゃない。
『女性は見た目とか若さに、こだわる人はこだわるもんね。僕はビーならどっちの姿でも大好きだけど』
「フィルが特殊なだけでしょ?」
『そうかな?おばあちゃんの姿のビーも、可愛いと思うけど』
うん。やっぱりフィルが特殊なだけだよ。
普通は綺麗になりたい、若いままでいたいっていうのが女性だから。
『でも彼女、自分ではその欲求にちゃんと気付いていなかったように見えたけどなぁ?』
「気付いてなかったと思うよ。もしちゃんと気付いていたら、きっと今頃別の薬を作ることに必死になってただろうから」
それこそ、若返りの薬とか。
そしてそっちに情熱を燃やしていれば、きっと命を落とすこともなかっただろうに。
けどそれを他人に指摘されるのも嫌って、素直に受け入れたりはしないだろうと分かっていたから。あえてそれを言葉にして伝えたことはなかった。
伝えていても、きっとこの結末は変わらなかったんだろうけど。世界がそこに言及しなかったということは、つまりはそういうことだから。
『まぁ、僕たちにはもう関係ないことだよ。ビーが無駄に傷つく必要もないし』
「フィル、そういうとこレオに似てきたよね」
『え!本当!?それは嬉しいなぁ!!』
そこで喜んじゃうあたり、やっぱり特殊だと思う。だって当時レオは、周辺諸国には冷酷無慈悲な氷の王って呼ばれてたんだから。
効率重視で、感情論を排除して。最短の道を選び続けたレオ。
この世界にはいない"神"という存在になるための人。
「私達は、世界の管理者じゃないからね?」
『そんなものにはならないし、ビーをそんな存在にさせるつもりはないよ?でもレオの凄いところは、そこだけじゃないから』
フィルも大概、盲目的に信じてるよね。レオのこと。
ま、あの力と手腕を間近で見てきたわけだから。そうなるのが分からないとは言わないけどさ。
『で、どうする?あの子たちの子供が生まれるのは、まだもう少し先なんでしょ?』
「薬の魔女が置いて行った薬は、まだ回収するなって言われてるからね。それまではまた、色々情報収集しておこうか」
『了解。じゃあ僕、先に外出てるから』
「うん」
実態を持たないフィルは、本当にそのまま壁をすり抜けて外に出て行ってしまって。
残された私は、もう一度だけ薬の魔女と呼ばれていた存在へと目を向ける。
「…………さようなら、罠を作る者」
彼女に課せられた本当の役割は、私しか知らない。
だからこの独り言は、誰に聞かれることもなく。
暗い牢の空気の中に、冷たく溶けて消えていった。
――ちょっとしたあとがき――
レベッカ:罠を作る者
名前の由来通りの役目を世界から与えられていたのが、薬の魔女でした。
彼女もある意味で、世界が望む未来のための被害者の一人でしかなかった、悲しい存在なのです。
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