第6話 薬の魔女6

 さて、どうするかねぇ。

 世間を知らない貴族令嬢の娘たちをだますのなんて、そんなに難しいことじゃあない。薬を使えるアタシからすれば、なおさらだ。


(ただアタシも、その女の正体が知りたいからねぇ……)


 女の影が一切なかっただけじゃなく、媚薬を盛っても何の反応も得られなかったあの王弟のそばに。

 誰一人として知らない女がいるなんて、気になるじゃないか。


(とはいえこの機会を逃せば、次にその女に接触しようとする存在はそうそう簡単には現れないね)


 となると、ここは慎重に行かないとね。

 この娘たちをどうにかして上手いこと操って、その女の正体を暴いて。あわよくば、王弟に。この世界に愛されている存在に、一泡吹かせたい。


 そのために、まずすべきは……。


「そうだねぇ……アタシが聞いた話でよければ、教えてやろうか?」


 この娘たちの立ち位置は知らないが、少なくとも王弟を狙おうと思えるくらいの立場の貴族令嬢ってことだから。

 そうなれば、見知らぬ女の正体は高位貴族じゃない。貴族だったとしても、誰も知らないような人間となると……。


(どこかで誰かがこさえた子供か、もしくは娼婦か)


 娼婦の可能性はあり得なくはない。わざわざ城の中ってのも、それ以上の場所には入れられないからってことはよくあることだからね。


(ただそうすると、侍女ってのが気になるね)


 王族に気に入られるような娼婦なら、働くことなんてしないだろうし。何より侍女ってのは使用人だろう?あんな地味な格好、したくないだろうさ。

 それに誰かがこさえた子供だったとすれば、なおさら働かせないだろう。特に王族のそばでなんて。


 と、なると。


「もしかしたらその娘は平民かもしれない、と。そう口にした貴族ならいたけどねぇ」


 ただし、他の国にいた時の、別の王族の話だが。


 長生きしてると、割と聞くもんだよ。王族やら貴族やらが、平民の娘を気に入って連れて帰るって話はね。

 そっから国盗りが始まったり、崩壊が始まったり、面白い展開になる時もあるけど。まぁ大抵は、愛人どまりだね。

 けど金喰い虫みたいなタチが悪い場合もあるから、後にその平民の娘を愛人にした王を愚王と呼んでたりもしてたねぇ。アタシとしては面白くてよかったんだけど。


 あぁけど、逆にその愛人を殺す話も確かあったねぇ。

 そうそう、例えば……。


「殿下のお側に侍る女が、平民ですって!?」


 こんな風に、嫉妬に駆られた女たちが。


「許せないっ……そんなこと、許してはいけませんわっ!!」

「えぇ!えぇ!!平民ごときが、高貴なお方のお側にいること自体間違っていますもの!!」

「……わたくしたちが、正して差し上げなければ」

「そう、ね……。ねぇ、皆さん?その平民の女に、立場を教えてやらねばならないとは思いませんこと?」


 結託して、一人の力なき小娘を追い落とす様は。


(なんて、面白いことになってきたんだろう……!)


 愚かで、醜くて。

 それでいて最高に、面白い展開だ。


「薬屋。何かいい薬はないの?」


 一斉にこちらを向いた5対の瞳の中に宿るのは、確かな憎悪。しかもこちらの曖昧な一言で染め上げられた、まだ操る前の本物のそれは。

 こちらの思惑通り動いてくれた過去の女たちと、全く同じ色だった。


「それなら、こんなのはどうだい?」


 アタシの言葉に簡単に騙されてくれたのは、この場所に満ちている甘い香りの効果でもある。

 判断力を鈍らせるだけじゃなくて、こちらの言葉を徐々に信じ込ませるようにするためのそれが、一発で効いてくれるなんて。


(本当に、なんて操りやすいんだろうねぇ)


 この分なら、色々と仕掛けてみてもいいかもしれない。

 一度で終わらせられるとは、アタシも思ってないからね。徐々に徐々に、その女の正体を暴いていこうじゃないか。


「これは?」

「香水だよ。ただし、ただ甘い香りがするだけの香水じゃないけどね」


 この部屋に充満している匂いと同じ成分を、さらに濃縮したそれは。正直アタシ自身でも使いたいとは思わないくらいの、強い薬。

 けどこの娘たちにとっては、そんなこと言われなければ分からないものだ。


 そう、これを使って。

 全員が甘い香りを漂わせながら、ただ自分たちの信じている事実をその女に伝えてやればいい。


(たぶんこの娘たちとは違って、一度では効いてくれないだろうけど)


 何度も何度も。それこそ毎日のように通わせて、徐々に徐々に刷り込ませていけば。


(どこかで、限界は来るだろうさ)


 その間王弟に気づかれないように、さらに毎回その場所までたどり着けるように、手を貸してやらなきゃなんないのが面倒だけど。

 それ以上に面白い展開が見られるかもしれないという好奇心が勝つから、今回ばかりは積極的に協力してやろう。


(あぁっ……忙しくなるねぇ!)


 この娘たちでも扱えるように、魔法陣も用意してやるべきだろうか?

 いやそれよりもまず、その謎の女をどうするのかを決めないとねぇ。


(追い出して終わりか、いっそその女を取り込んで王弟に媚薬を盛らせるか)


 とはいえまずは、その女が何者なのか。それをはっきりさせないと。

 最悪平民じゃなかったとしても、その時はその時で利用価値が高くなるってもんだ。

 それに今回はただ侵入させるだけ。危ない橋をこの娘たちに渡らせるわけでもないから、確実に情報を持ち帰るだろうし。


(どっちに転んでも、アタシには美味しいよ)


 女を取り込めそうにないのなら、魔法陣を使って強制的に操るもよし。

 いっそ本当に王弟の愛人だというのなら、その女を餌に王弟本人をおびき出すもよし。

 いくらでも手はある。


「他にもお前さんたち専用の薬を用意してやるよ。それだけでどうにもならなかったら、その時にまたおいで」


 一発で思い通りに動いてくれるようになったこの小娘たちとは違って、普通はどうにもならないはずだからね。

 この分じゃあ、言いたいことだけ言って終わりだろうし。


(毒殺とか暗殺っていう発想が出てこないあたり、やっぱり貴族の令嬢ってのは箱入りで世間を知らないねぇ)


 けどだからこそ、アタシには好都合なんだ。



 着飾った娘たちが店を出ていくその背中を眺めながら、アタシは口元が緩むのを抑えきれなかった。

















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