第5話 薬の魔女5

「それで?相手の同意は得られなくていいんだろう?」

「あぁ。それでも売ってくれるんだろ?」


 個人的には他人事だからどうでもいいが、媚薬を欲しがる貴族ってのはだいたいこうだ。

 好いた女をどんな手を使ってもいいから手に入れたいと、アタシの店にやって来る。

 金はたんまりふんだくれるからね。ちゃーんと支払いさえしてくれれば、その後はどう使おうとそいつの勝手さ。


 けど、だからこそ。

 こっちも好きなように、利用させてもらうまで。


「二人でってことは、二本でいいのか?」

「いや、一人三本ずつだ」

「そりゃあまた……」


 欲張るねぇと言うべきか、お盛んだねぇと言うべきか。さすが若いだけあるね。

 ま、無駄口叩く趣味はないから黙っておくけどね。


「それで?当然こっちの要求ものむんだろう?」


 言いながら金の受け渡しをしつつ、袖の下に隠していた魔法陣をさり気なく発動させる。

 アタシの店に来るってことは、金以外にも要求されることがあると知ってるはずだ。紹介するときには必ずそう言って納得させるように、客には言ってあるからね。

 だからもちろん、この二人の年若い貴族もそれを知っていたわけで。


「……あぁ。当然、なんだろ?」

「簡単なことだから、従えと聞いてる……」


 魔法陣の効果で少し虚ろになった目は焦点が合っていないが。それでもこちらの言葉に、ちゃんとそう返してくる。

 つまり、成立。


「じゃあ、ここにサインを。次は名前を言えば、すぐに用意してやる。当然、値段も少し安くなるよ」


 用意が早くなるのも、値段が安くなるのも本当。お得意さんになってくれるのなら、金には困らないからね。

 ただサインをさせるのは、一応アタシが不利にならないように。購入したっていう証拠を、こちらがちゃんと持っていないとね。


 ホントは名前を書かせるだけで、裏切らない口を割らないっていう魔法を使えればよかったんだけどね。

 そこはさすがに"薬の魔女"の範疇じゃないらしい。魔法陣は何も思いつかなかった。

 使えるようで肝心な時に使えないあたり、ホントに中途半端だね。世界もケチケチしないで、そのくらいの力ならくれればいいものを。


 そう思いながら、媚薬といつもの薬を手渡して。

 さらに侵入用にと、短い間の記憶を曖昧にさせる強い薬も用意してたから持たせてみた。

 これでダメだったら、魔法陣を次の客に持たせればいいだけだからね。問題はないよ。



 そうして、二人を送り出した後。


 まさか、違う形で転機が訪れるとは思ってなかったアタシは……。



「……今、なんて言ったんだい?」

「図々しくも王弟殿下のお側にいる侍女の正体を知るために、良い薬はないのかと聞いているの」



 目の前にいる若い貴族の娘たちの言葉に、瞬時には反応できなくて。



(いや……いやっ、それよりも……!あの王弟の側に女だって!?使用人は全員男で固めてるって貴族たちは言ってたぞ!?)


 まさか、嘘を言われていた?

 いや、そんなはずはない。真実を口にするような薬を試してみた時も、同じことを言っていたはずだ。


 それなら、つまり……。


(最近、か……?その女が現れたのは)


 だが貴族の間では、そんな話は一度も出ていないはず。そんな大きな出来事なら、噂好きのヤツらが話して行かないわけがない。

 なのにどうしてこの娘たちは、そんなことを知っているのか。

 そう、疑問に思えば。


「お兄様に聞いたのだから、間違いないわ。この店の薬はよく効くともね」


 五人いるうちの一人が、そう偉そうに口にした言葉こそが真実で。

 しかもよく見ればこの娘、この間媚薬を買いに来た二人組の若い貴族の一人に似ている。

 おそらくは、あの男の妹なんだろう。そして上手く潜り込んだ先で、王弟の側にいる女を見つけた、と。


「なるほど……それで?」

「侍女でありながら殿下のお側に侍るなんて、何か汚い手を使ったに違いないわ!」

「どう考えても高貴な家の出ではないくせに、当然のようにお側にいるなんて許されるはずがないの!」

「どこの誰なのか、ちゃんと明らかにすべきなのよ!」

「しかも珍しい瞳の色らしいから、もしかしたら殿下の愛人かも――」

「おやめなさい!!正当な婚約者がいらっしゃらない今、閨のお相手をするだけの卑しい女かもしれないでしょう!?」


 ははぁ、なるほどなるほど。

 つまり、だ。この娘たちにとって、その女は邪魔だ、と。

 おそらくは全員が王弟狙いなんだろう。今は結託しているが、おそらくは誰もが全員を出し抜きたいと考えてる。

 けどその唐突に現れた女が、もしかしたら身分は低いのに王弟に愛されてるかもしれないと危機感を抱いた。

 まぁ、そんなところだろう。


(なくはない、な。しかも場合によっては、政略結婚後も愛人としてのさばる可能性だって否定できない)


 ここの王族がどうなのかは知らないが、そういった話なら世の中にいくらでもある。むしろ愛人の方が大切にされるのが常だ。

 そりゃあそうだろう。気持ちなど一切向いていない政略結婚相手よりもいいだろうし、愛人の方だって責任もない上に好き勝手できる。どっちもどっちではあるが、まぁお互い気楽だろうなぁ。

 しかもこの娘たちからしたら、もしも自分が王弟の相手になった時にすら邪魔になる存在なわけで。


(正体を知りたいというよりは、それを理由に追い出したいってところかねぇ……)



 いやはや、本当に。


 女の嫉妬は、怖くて醜くて……。



 操りやすくて、いいもんだねぇ。


















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