第38話 最強の軍隊 -王弟殿下視点-
「まさか、本当の意味で袖を通されることになる日が来るとは思っておりませんでした……」
セルジオがどこか悔しさを滲ませながら、私を見てそう言うが。
「無ければ無いでいい。が、今回ばかりはそうも言っていられぬ。私の最愛を奪われたのだ。私が出なくてどうする」
最後の仕上げとばかりに白い手袋をはめて、セルジオに言い返す。
軍服は基本的に貴族だろうが王族だろうが一人で着用するものだが、保管自体は本人がするものではない。
だからこそ、セルジオに持ってこさせたわけだが。
「理解はしております。納得もしております。何より妃殿下の安全が第一であると、私も思っておりますから。ですが……」
その分出られないセルジオ本人からは、本気で悔しそうな雰囲気が終始漂っていた。
王族にしか着用することが出来ない、青地に白い糸で刺繍が施された軍服。
動きやすさは当然のことながら、華美になりすぎない程度には装飾されたそれは。
指揮官が誰であるのかを、一目で区別できるように作られたものだ。
左肩だけに羽織っているマントも、戦場では明らかに目立つであろう白。当然手袋も白。
本来であれば目立ちにくく、汚れも気にならないような色合いを選ばなければならないはずの軍服において、我がドゥリチェーラの王族の軍服は余りにも目立ちすぎる。
だがそれこそが、本来の目的でもあった。
「殿下が剣にも魔法にも優れておられることは、このセルジオ誰よりもお側におりましたから存じ上げております。ただ一方で、誰よりも無茶をするお方であることも同時に」
「流石に軍人たちの命を預かるこの状況で、無茶はせぬ。何より救い出したのちにカリーナに何を言われるか分からぬからな」
「…そう、していただければよろしいのですが……」
「何とも信用がないものだな」
とはいえ全く心当たりがないというわけではないので、ある種仕方がない事なのかもしれない。
だが実際、今回ばかりは無茶など出来ようはずがない。何せ私に敵軍を集中させている間に、少数の者達をカリーナの元へ向かわせねばならないのだから。
私に何かあれば、作戦の遂行に支障が出る。
それはつまり、カリーナに危害が及ぶ可能性が高くなるという事に他ならない。
それに何より。
「今回ばかりは、こちらに利がありすぎる。地理も城内も把握している上に、カリーナが用意していた菓子があるからな」
「まさか……食の癒しを軍に使われるおつもりで……?」
「本来であれば、使いたくはないところだがな。そうも言ってられぬ。何より試作で大量に作ったと聞いて、試しに演習で使おうと保存していたものだからな。今使わずしていつ使うのだ」
癒しの効果を試すいい機会だと、誰よりも私自身に言い聞かせて。
カリーナが目的としていた使い方とは異なってしまうが、彼女を救い出すのに使わずにどうするというのか。
そう、だから。
「殿下…!!」
「これっ…!!このビスケットは、まさかっ…!!」
「私の妃の手製だ。と言えば、理解できるであろう?」
一日で山越えをした上に王城までたどり着くという強行軍だというのに、なぜか全員に配られたビスケットに。不思議そうな顔をしながらも口にした者達から、次々に驚愕の声が上がる。
「ビスケット一つでこんなにも…!?」
「突入目前にして、こんなに体力が回復するなんて…!!」
「流石妃殿下だ!!血の奇跡はまさに奇跡だ!!」
精神的な士気の上げ方は知っている。だが、体の疲労ばかりはどうにもならない。
それを。
「殿下。妃殿下は必ずやお救いいたします」
「ですからどうか、殿下もご無理をなさらずにお願いいたします」
「当然だ。お前たちも、誰一人欠けることなく必ず戻れ」
「はっ!!」
こんなにも簡単に、山一つ越えた軍人たちの体力を回復させ。
更に忠誠心すら高めてみせる。
我が妃ながら、本当に恐ろしい能力の持ち主だと改めて思う。
何せ、疲れ知らずの軍人たちだ。
これを最強の軍隊と言わずして、何と言うのか。
元々の体力も、騎士たち以上につらい訓練に耐えている以上人並み以上にある者達が。領地に踏み入る直前になって、疲労を全てなかったことにしてくるのだ。
敵対する相手からして、これほど恐ろしい存在はいないだろう。
「さて……。では行こうか」
私の言葉を聞いて、全員の纏う空気が変わる。
さぁ、侵略国家アグレシオンよ。
ドゥリチェーラを敵に回したことを、嫌というほど後悔するがいい。
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