第7話 流行の最先端
王妃様のお茶会は、結果だけ言えば大成功だった。
何せそこは、この国の流行の最先端。
呼ばれていたご婦人方やご令嬢方の品の良さもさることながら、ドレスや小物でのさり気ないアピール。
それに対して新しいものを積極的に取り入れて、次の流行を生み出そうとしている王妃様。
実は私もその流行の一端を担うために、今回は新しいドレスに袖を通していて。
今までは装飾の多いドレスだったのが、とてもシンプルにまとめられているこれは。
体のラインが見える部分も多く、平民時代ですらここまでピッタリと体に沿うような服は着たことがなかったので、ちょっと恥ずかしかったのだけれど。
でもそれが、女性だけのお茶会となると。
途端に王妃様は質問攻めにあい、それに優雅に答えていらした。
決して下品にはならず、むしろ今まで以上に上品さを表現できているのだと。その王妃様の主張に、招待客は全員頷いていて。
更にその流れで紹介されたジェルソミーノは、大変好評だった。
当然、私が作ったショートブレッドと一口大のドーナツも。
そうして大成功のまま幕を閉じた、王妃様主催のお茶会を経て。
私は少しだけ、自分の考えを改めるべきだと思い始めていた。
「カリーナ?どうしたのだ、難しい顔をして」
殿下の午後の休憩時間に、つい紅茶のカップを見つめながら考え込んでしまっていたら。横からそう、声をかけられる。
「いえ、その……」
「何か問題でもあったのか?」
「問題、では…ないのですが……」
どう言えばいいのか分からなくて、口ごもってしまう。
何せ今まで、こんなこと考えたこともなかったから。
どうすればいいのか、どう説明すればいいのか。
どう伝えるのが正しいんだろう。
そんなことをぐるぐると一人頭の中で自問自答し続けてる私の頬に、そっと殿下の手が添えられて。
「焦らずとも良い。たどたどしくても構わぬ。思った事を、思った通りに。君の言葉で、聞きたいのだ」
優しい声で、優しい瞳で、言うから。
「殿下……」
その言葉に、あたたかさに。
擦り寄るようにその手に自分の手を重ねて。
私は一度、目を閉じる。
そう、だ。
言わなければ分からないし、伝わらないんだから。
何よりこれは、私一人の問題じゃない。
だから。
「はい、殿下」
目を開けた時には、ちゃんと真っ直ぐ殿下の淡い瞳を見つめて。
ゆったりと、微笑んで見せた。
一つ、ゆっくりと息を吸って。
「実は……お茶会を、開いてみようと思っているのです」
まず先に、結論から告げる。
「……カリーナが、か…?」
「はい」
今までそんなことを言いだしたことはなかったので、流石の殿下も驚いたみたいで。僅かに目を見開きながら、こちらを見ている。
ちなみにセルジオ様も、一瞬驚いた気配があった。
すぐに何事もなかったかのようにしていたので、その辺りは流石だなと思ったけれど。
「開くのは、構わぬが……。一体どうして、いきなりそんな事を…?」
「前回、王妃陛下主催のお茶会に共同開催という形で参加させていただいた時から、ずっと考えていたのです」
王妃様は、王族として出来ることをしっかりとやられている。
きっとジェルソミーノも、新しい流行をという意図を持っていたんだと思う。
貴族の流行は、王族や上位貴族が作るもの。
令嬢教育でも王弟妃教育でも、必ず聞いた言葉だ。
女性は政治にかかわらない代わりに、流行を作ることで話題を作り職人たちにお金を巡らせる。
それが、貴族女性の役割であり仕事なのだ、と。
考えてみれば当然だった。
お金があるところから出さなければ、民衆はいつまだ経っても貧乏なまま。
それを解消するには、政治的な政策だけでは間に合わない。
だから、貴族女性の流行が必要になる。
服でも宝石でもお茶でもお菓子でも。一度話題になってしまえば、それを買い求める人たちが必ず現れる。
そうすれば話題になった人や店に、その売り上げが落とされて。
さらにその先の職人たちや、その家族に。生活に必要なお金が回るのだと。
そういう、ことなのだ。
「私は、元々平民として暮らしていました。それがどれだけ影響力を持つのか、この目で見てきたんです」
貴族が、王族が、あるお菓子を買い求めていると聞けば。
貴族の間で熱が冷めたとしても、次は市民が気になって買いに行く。
そうやって王都の名物になった物も、少なくない。
「それでも一度だけでは、どうやったって限界があります。一つの分野だけでも、偏りが出てしまう」
それを、させないために。
王侯貴族は、常に流行の最先端にいるのだ。
いや、むしろ。
流行の最先端を、作り出している。と言った方が正しいのかもしれない。
「ですが全て既存のものばかりでは、見つけてくるのにも時間がかかりますし、何より得意分野に偏ってしまいます」
だから。
「だから、あえて新しい流行を作れないかと。幸いにも私には食の癒しという力があります。前回のお茶会でも、皆さんにその一端は感じてもらえたようですから」
詳細は分からなくても、なんだか元気が出たとか、疲れが取れたとか、そんなことでいい。
ただそれだけでも、十分な宣伝効果はある。
「新しいとは思いませんか?王族が、自ら作り出すお菓子。新しい名物になり得るものだと、そう思ったんです」
もちろん問題があるのも分かっている。
そもそも貴族の女性だって、自分から調理場に立つことなんてないのに。場合によってははしたないと言われてしまうことだってあるのに。
それを束ねるはずの王族に嫁いだ女が、進んでそんなことをやるなんて、と。
嫌われるかもしれない。叩かれるかもしれない。相応しくない、なんて。言われるかもしれない。
それでも。
「私は殿下の妃ですから。王族として、元平民として。市井にちゃんと、必要なお金が回るようにしたいのです」
そうやってずっと、王族は、貴族は。
見えないところで、平民の暮らしを支えてきたのだ。
貴族女性はお茶会ばかり開いていて何もしていない?
馬鹿な事を言っちゃいけない。
お茶会こそ、次の流行を生み出すための大切な場だった。
王妃様のお茶会に招かれるまで、私はそんなことも知らなかった。
恥ずかしいと思ったし、悔しいとも思った。
だって初めから、期待されていなかったという事だから。
でも。
今からだって、遅くはない。
何より私は、誰よりも平民に受けるものを知っている。
それを生かさなくて、どうしろと言うのか。
今度こそ驚きに固まってしまった殿下とセルジオ様を交互に見ながら、この提案が通るのかどうか。
少しだけの不安と大きな期待を胸に抱きながら、私は二人の答えを静かに待つのだった。
―――ちょっとしたあとがき―――
というわけで、ジェルソミーノに合わせたのは一口ドーナツとショートブレッドでした!
油っぽい物が、割と合うのです。ジャスミンティー。
確かに中華って油多いですし、そういう時に温かいジャスミンティーが一緒だと口の中がさっぱりしていいですからね。
なのであえて、少し油っぽいお菓子をチョイスしてみました。
実は甘いお菓子よりもしょっぱい食べ物の方が合う気がしているので、これこそ殿下の休憩時間に出すべきなんじゃ……。
とは思いましたが、まぁ一応高級品なので。
休憩時間よりは、二人だけのお茶会の楽しみにした方がいいのかもしれませんね(^^;)
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