第8話 不穏な影 -???視点-
お世辞にも明るいとは言えない部屋の中。
明らかに怪しげな鍋をかき混ぜている背中に、フードを目深に被った人物が声をかけた。
「何度も言っているだろう?下手なことをすればすべて失うぞ、と」
その声はしわがれてはいるが、聞き取れないほどではなく。
むしろハッキリと、背を向ける人物に届いた。
「知らないね。アタシはアタシの好きなことを好きなように、やりたい事をやりたいようにやるだけだ」
「それが世界に背く行為だと分かっていてもか?」
「はっはっは!!世界だって!?笑わせるねぇ!!」
心底おかしそうなその声の主は、それでもかき混ぜる手を止めたりはしない。
「世界が何をしてくれた!?アタシたちを幸せにしてくれたのか!?」
「何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「あぁ、あぁ、知らないさ。あんたみたいに、何もせずとも力を手に入れたような奴と一緒になんかされたくないね」
吐き出すようにそういう声は、おそらく老婆なのであろうフードの人物よりは幾分か若そうな雰囲気ではあったが。
それでも年齢は重ねていると分かる。
「はぁ……。いいのか?薬を作るのが唯一の趣味であり特技だろう?」
「それこそおかしなことを聞くな。努力したからこそ、失うことはないんだ」
力強く答える声は、その事実を疑っていない。
「そうか……」
もはや諦めたように頷いたフードの人物は、それっきり黙ってしまった。
だが。
彼女は知っていた。
目の前にいる薬の魔女と呼ばれる女が、今後どんな運命を迎えるのかも。
今作っている薬が、どんな効能で誰に使われるのかも。
全て知っているからこそ、忠告に来たのだ。
本当に彼女が全てを失う前に、と。
だがもう、届かないのであればどうしようもない。
何度言っても、誰が言っても、結果は変わらない。
彼女は最高傑作だと喜んで薬を完成させるし、それを売ってはいけない相手に売ってしまう。
そうして、薬を作る力そのものを失う事も知らずに。
努力したから?だから得られた力?
知識は努力で何とかなるかもしれない。
だが、力だけは。能力だけは、知識だけでは補えない何かが確かに存在しているのだ。
ここは、そういう世界なのだ。
世界に、世界そのものに逆らってはいけない。
世界の思うまま、望むままに。
そうで、なければ。
「誰も幸せになどなれないし、浮かばれない」
世界が望むものを知っている人物は、もうこの世にほとんどいない。
生きているのは自分だけかもしれない。
そう思うからこそ、忠告しに来たというのに。
結局は、何も知らぬまま朽ち果てるだけなのだと。
今しがたまでいたはずの場所を振り返ることすらせず。
もう一度フードを目深に被り直してから、彼女は薬の魔女の家を後にした。
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