第1話 王弟妃として
王弟妃としてかくあれ、と私が言われた事は、王族として恥じぬような言動を。ただ、それだけだった。
結婚して最初の三日間は、流石に殿下もお休みをもらえていたらしくて。
その……新婚、なんで……。
それはそれは、すごかったです。
殿下の、甘やかし具合が。
いや、冗談ではなく…!!
確かに、その……う、動けなくなっていたのは否定しないんですけれど……。
だからって殿下の手ずからご飯食べるって、私そんなことして許されるんですか!?って……。
まぁ、動けなくなった原因も、殿下なんですけど。
なのに色々困惑する私に、それはそれは嬉しそうに楽しそうに。殿下はまるで親鳥のように甲斐甲斐しくお世話をしてくれるから。
なんかもう、どうでもいいか~なんて。
思ってしまったのが、きっといけなかった。
「カリーナ…」
「んっ…で、んかぁ……」
夫婦の部屋で、久々のお休みに使用人も下がらせて二人だけ。
こうなると殿下の行動は、ただただ大胆になる一方で。
「違うであろう?」
「ぁ……あ、る…ふれっど、さま…」
「そうだ」
「んんっ…」
その声が、視線が、唇が。
ひたすらに、甘くて。
ついさっきまで、いい天気ですねーなんて。穏やかに二人、窓辺に並んで空を見上げていたはずなのに。
なぜ、そこから。
こんな雰囲気に持っていかれているのか。
毎度のことながら、本当に分からない…。
「は、ぁ……」
「カリーナ…可愛い私の妃……」
結婚して半年。
殿下の寵愛は鳴りを潜めるどころか、降り注ぐほどになっていると言われていることは、私も知っている。
知っている、のだけれど……。
どうしようもないのだ!!こればっかりは!!
だって殿下、本当に毎日毎日優しい目で見つめてくるんだもの…!!
日に日に増える私の行動範囲内で、所かまわず耳元で囁いてくるんだもの…!!
そうしたら噂にだってなりますよ!!当然です!!
むしろ殿下の事だから、わざとやってるんじゃないかって最近は疑ってる。
だって婚約者時代に殿下、言ってたもん…!!
人に見られることに慣れるのも王弟妃になる私には必要だって…!!仲睦まじい姿を見せることも必要だって…!!
だからきっと、これがそうなんだ…!!
でもっ……でもっ…!!
「失礼いたします。陛下より、こちらをお預かりしております」
「っ…!!」
小さなノックの後に入ってきたのは、殿下付きの筆頭執事さん。
既によく知った相手ではあるけれど……流石に今のこの状況を見られるのは恥ずかしくて、急いで殿下から離れて背を向ける。
「あぁ…義姉上にお貸ししていた本だな。そこに置いておいてくれ」
「承知いたしました。それから……大変、失礼いたしました」
「良い」
なんだか含みのある会話が聞こえてきているけれど、私はそれどころではなくて。
だって私はこんなに恥ずかしいのに、なんで殿下はそんなに普通にしているの…!?
後ろで扉が閉まる音がしたけれど、だからってすぐに振り向けるわけじゃない。
むしろ今どんな顔して殿下を見ればいいのか分からない…!!
「カリーナ…?」
「ぁっ……」
なのに、殿下は。
まるで何事もなかったかのように。
さっきと同じ空気を纏って、私をいとも簡単に腕の中に閉じ込める。
「邪魔が入ってしまったが……続きと、いこうか?」
「んっ…」
後ろから優しく抱きしめられて、耳元で吐息交じりに囁かれて。
「で、んか……」
思わず呼びかければ。
「もう二人きりだ。カリーナ?」
「はんっ…」
私の間違いを指摘して、その唇が耳に触れる。
「覚えられぬ悪い子には、仕置きが必要だな」
「…え……?きゃぅっ!!」
不穏な言葉が聞こえたと思えば、カリッと耳を甘噛みされて。
そのまま耳のふちを、殿下の熱い舌がゆっくりと辿る。
「ぁ……ぁぁっ……」
抵抗すら出来ずに、必死に殿下の腕を掴んでいる私に。
こうなった殿下は、容赦なんてしてくれない。
「はぅんっ…!!」
ちゅうっと、たどり着いた先で耳たぶを吸われて。
熱と共に伝えられる音が、徐々に私から思考を奪っていく。
でも。
「このまま……折角の休日を、ベッドの中だけで潰してしまうか…?」
その言葉が聞こえた瞬間、ハッとして首を振って否定する。
「だっ…だめですっ…。アルフレッド様、それだけはどうか……」
顔が赤くなっているのも、涙目になっているのも構わず。
後ろを振り向いて見上げた先で。
とても、優しい目をした殿下と、視線が絡む。
「あぁ。だから約束は、守っておくれ?」
「……は、い…」
最初から、そのつもりで。
殿下はこんな戯れをされたのだ。
私が王弟妃として周りから言われたのは、王族として相応しい振舞を、だけだった。
でも、殿下から言われたのは……。
「私から生涯愛され続ける事。カリーナが王弟妃としてすべき事は、たったそれだけだ」
外交は本当に必要となった時に、必要最低限でいい。
他国の貴人を招いたとしても、王族であればその役割は王妃陛下のものだから。
お茶会や夜会は開きたくなければ、無理にやらなくていい。
警備上の関係もある上に、宮殿の主はそもそも国王陛下と王妃陛下だから。参加するのであれば、お二人のどちらか主催のものに。
慈善活動は、やりたがるだろうから好きにしていい。
お世話になった教会の孤児院こそが、この国を良くしていくための足掛かりとなっていたから。
私自身がその成功を証明できると知って、最大の成功例なのだと知って、何か出来ることや手伝えることがないのかと聞いたから。
とことん、私に都合が良すぎる条件だった。
もちろんそれは、王弟妃だからなんだろう。
殿下が王弟として、陛下を持ち上げ必要以上に目立たないようにしているように。
王弟妃である私はきっと、王妃陛下より目立ってはいけない。
だから外交としてのもてなしも、お茶会や夜会の開催も、最低限の参加なんだろう。
とはいえ平民育ちの私が、生粋の貴族令嬢である王妃陛下より目立つなんてことはそうそうないんだろうけれど。
もしかしたら悪目立ちしないようにという、逆の意味も多少はあるのかもしれない。
でも……でもですね?殿下…………
「ほら、カリーナ。口を開けて?」
病人でもないのに、私をお世話しようとするのはやめてください…!!
最初の三日間で、まぁいいか、なんて。そう思って好きにさせてしまったのが良くなかったらしい。
その後も殿下はこうして時折、お菓子だとか紅茶だとかを準備してくれるようになって。
しかも小さなクッキーや飴、チョコレートなんかは手ずから食べさせようとするようになってしまった。
あなた王弟殿下なんですよ!?使用人じゃないんですよ!?なんで自分の妻のお世話してるんですか!?!?
間違えた。
明らかに、私は間違えたのだ。
最初を。
本当に肝心な最初を、私は間違えてしまった。
私が王弟妃として本当に最初にやらなければいけなかったのは、ちゃんとこうなる前に殿下を止めることだったのに……。
今となっては既に、遅すぎる後悔。
「あぁ…口移しの方が良かったか?」
「いいえ!いただきます!」
殿下の言葉に、急いでその摘ままれているチョコレートを口に含む。
そうしなければ、この人は本当に実行するから。
王弟妃として殿下に愛されるのが、私のやるべきこと。
それは言い換えれば、愛情深い殿下のその愛を、一身に受けるということ。
私にとって幸せなはずのそれは、けれどそう簡単な事でもなくて。
「ほら、カリーナ?」
「あ、アルフレッド様ぁっ…!」
どちらかと言うとただ恥ずかしいだけの日々が続いているなんて。
こんな事、誰にも言えないのです…!!
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