第2話 私のお仕事

 婚姻前に殿下からも言われていたけれど、基本的に王弟妃というのは決められた仕事があるわけではない。

 むしろあまり外に出て行かないのが仕事のようなものかもしれないと、そう言われた時はどうしようかと思った。


 だって私、元々殿下の側仕えとして働いていたし。

 平民時代はもうすぐ大人になって働くんだって、そう思っていたし。


 それがいきなり何もしなくていい、は……流石にどうなんだろうと思っていた。


 流石に私一人、王宮内で何もせずに過ごすなんて。そんなことできなくて。


 だから、お願いをしたのだ。

 せめて今まで通り、午前と午後のお茶の時間にお茶とお菓子の用意をさせてくださいって。



「妃殿下が到着いたしましたよ」

「あぁ。この一枚で最後だ」

「ベルティーニ侯爵、私は先に準備を始めますから…」

「申し訳ありません。安全は私が先に確認してありますので、保証いたします」

「えぇ。ありがとうございます」


 せっかく食の癒しなんていう能力があるのだから、殿下のためにそれを使いたいと力説したところ。案外すんなりと受け入れられて。

 こうして私はまた、殿下のお茶くみ係をやっているのだ。


 ちなみにご公務などの際は、今でも殿下とお呼びしているけれど。

 私とセルジオ様との間の呼び方が、お互いに変化してしまった。


 何せ今の私は、セルジオ様からすれば主である王弟殿下の妃。今までのように名前を呼ぶことなど出来なくなってしまったわけで。

 そして私もまた、殿下を二人きりの時以外お名前で呼ばないのに。他の男性の名前は何憚る事無く呼ぶなんて、なんだか不誠実な気がして出来なくて。


 結果、私はセルジオ様の事をベルティーニ侯爵と。セルジオ様は私を妃殿下と呼ぶようになった。


 だからと言って今までの関係性が崩れるというわけでもなんでもなく。呼び方以外は今まで通りなのが、この執務室内の常だった。

 とはいえセルジオ様が侯爵位を持っていらっしゃったことに、少なからず驚いた私ではあったけれども。



 ちなみにお茶くみ係は、ある意味私が直談判して勝ち取った仕事なのだけれど。

 一応王弟妃として、仕事のようなものがないわけではない。


 と、言うか。


 これが仕事なのよと、言われたのだ。

 王妃陛下より、直接。



 そう、つまり。

 私のお仕事とは……



「今日もお話出来て嬉しいわ」


 王妃陛下のお話相手兼、お茶のみ相手。


 ……何だろう…?私はお茶に縁があるんだろうか…?

 ありがたいけど…!!ありがたい事なんですけれども…!!


「その後、陛下に何か変化はございましたか?」

「う~ん……どうかしらね…?相変わらず夫婦の部屋に書類を持ち込んでいらっしゃるみたいだけれど、少なくとも私や子供の前では見せなくなったわ」


 つい先日受けた相談は、陛下が宮殿にまで仕事を持ち帰ってきてしまうというものだった。

 しかもそれをやめさせたい理由が、お疲れのはずの陛下にしっかりと休んでいただきたいからという。


 我が国の王妃陛下は、とても心の優しいお方でした。


 そしてただの貴族のお茶のみと侮るなかれ。

 実はその内容は、臣下のみならずこの国全体に影響を及ぼす可能性のあることなのだから。

 陛下がお倒れになったなんてことになったら、それこそ国の一大事。

 そうなる前に何とかしたいと、私達はこうして知恵を振り絞っているのだ。


 というか、兄弟揃って仕事人間って……。

 この国の王族は大丈夫なんだろうか…?


「王妃様は、陛下にお休みいただきたいのですよね?」

「えぇ。お忙しいのは十分理解しているのだけれど、出来れば王宮にまでお仕事を持ち込まないでいただきたいの。でなければ休まらないでしょう?」

「その点に関しましては、大いに賛同いたします」


 流石に殿下は王宮にまで仕事を持ち帰ってこないけれど、どうやらそれは最近になってやめたかららしくて。

 私が側仕えになってすぐの頃までは、かなり頻繁に仕事を持ち帰っていたらしい。しかも何が悪いって、睡眠時間を削ってまで書類に向かってることがよくあったらしく。

 同じように王宮に仕事を持ち帰ってきている陛下にさえ、流石に食事と睡眠は取るようにと注意されたこともあるのだとか。


 本人は笑っていたけれど、あれは笑い事じゃないってことを理解していない顔だった。


 どうしてこうこの国の王族っていうのは、周りの心配に鈍感なのか…!!

 倒れられたら困るんですよ!!国がとか王族がとかいう前に、一人の人間として心配になるんだってどうして分かってくれないのか!!


 今だって、周りの女官たちが真剣な表情で私たちの話を聞いている。

 少し離れたところにいる護衛騎士たちも、しっかりと周りを警戒しながらも気にしているようだし。

 時折陛下の執事まで呼び出されて、王妃陛下から相談を受けているけれど。


 全員が、お手上げ状態だった。



 なので私は、あえて一石を投じてみることにする。



「王妃様。効果のほどは分かりませんが、一つ試してみてはいかがでしょうか?」

「あら。いい案があるのかしら?聞かせてくれる?」

「はい」



 口で言っても聞かない相手には、実力行使。


 殿下の件でそれをよく知っていた私は、似た者兄弟ならもしかしたら効くんじゃないかと思って。

 平民だったら普通なのかもしれないけど、もしかしたら貴族や王族としてはあまりいいことではないかもしれない。

 でもその判断を下すのは、私ではなく王妃陛下だから。



 だから、そう。



「フレッティ…!!お前の妃はいるか…!?」


 私の提案を実行した途端、陛下が私たち夫婦の部屋に突撃してくることなど。

 既に予測済みなのですよ。


「陛下、ご機嫌麗しゅう。そんなにも急いで、どうされました?」


 だから私は用意していた通り、落ち着いて対応する。


 ちなみに陛下に関しては、この半年でだいぶ慣れた。

 最初の頃は緊張してばかりだったけれど、よくよく観察してみたら我が家のお兄様とそれはそれは大層似ていて。

 殿下に対する陛下の言動が、そっくりそのまま私に対するお兄様のそれとピッタリ一致したのだ。


 つまり。


「私の妃が、私室に籠ってしまって出てこないのだ…!!何とかできないか!?」


 殿下とお兄様を足した性格なのだと、なんとなく推測したので。

 王妃陛下がお許しになるまで会わなければ、きっと一切書類を持ち帰ることがなくなるだろうと思った。


「王妃陛下がお籠りに…?理由はお分かりになりますか?」

「それが……その……」

「あぁ。兄上が何度言っても仕事を持ち帰るからですね」

「ぐっ…。そう、だが……。しかしっ…!妃がいては迷惑だなどと…!!一度も言ったことも思ったこともない…!!」


 なるほど。王妃陛下はそう仰って、一人で部屋に籠られてしまったのね。

 確かに仕事をするのなら、自分は邪魔だろうからっていうのは……うん、本当によく分かっていらっしゃる。

 それを聞いた時の陛下の衝撃は、どれほどのものだったんだろうか。


「兄上が、ではなく。義姉上が、お邪魔になっては悪いと判断されたのでは?」

「邪魔なはずがないだろう…!?」

「兄上にとってはそうかもしれませんが、その間放っておかれる義姉上からすれば……どうなんでしょうね?」

「っ…!!」


 わぁ……殿下すごーい。

 事前に何の打ち合わせもしていなかったのに、私がやるべき役目を担ってくれてるー。


 というか、大切にしている弟からこれを言われるっていうのも……結構陛下の心に来ると思うんですよ。

 私はそこまで非情にはなれなかったんだけどなぁ……。


「……私は…どうすれば……」


 いや、お仕事を持ち帰らなければいいんですよ?


 とはいえ、だ。

 この方はこの国の国王陛下。

 そりゃあもう、お忙しい方でしょうから。


 だからここで、私の出番なのだ。


「王宮へ仕事を持ち帰らなくて済むよう、陛下にも食の癒しをお出ししましょうか?」


 要は、時間内に必要な仕事が全て片付けばいいのだ。

 そのために必要なのは、能力と人手と。あとは、適切な休憩。


「本当か!?…あ、だが……」

「構いませんよ。兄上でしたら」


 何かに気づいたように殿下に視線を向けた陛下。その陛下に、殿下は嘘偽りのない笑顔を向けていて。

 陛下も弟大好き人間だけど、殿下も殿下でなんだかんだ兄大好き人間だと思うんです。私。



 まぁ何はともあれ、これでようやく陛下も王宮に仕事を持ち帰るような事は無くなったらしく。

 後日嬉しそうな王妃陛下の報告と共に、まさに仲睦まじいとしか言えないのろけ話も聞かされた。



 私のお仕事は、ただの王妃陛下のお話相手でお茶のみ相手で、王弟殿下のお茶くみ係で。


 そしてもう一つ、国王陛下のお茶菓子担当。



 表舞台には一切出てこないけれど、これでもちゃんとこの国を見えない場所で陰から支える。


 そんなお仕事を、しているのです。



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