本編

プロローグ ~最初の朝~

 ふっと、意識が浮上する感覚。

 それでもまだまどろんでいたいと思うほどの柔らかさとあたたかさに包まれたまま、目覚めの瞬間特有の幸福感に包まれる。



 あったかいなぁ……気持ちいいなぁ……


 まだこのまま、この幸せの中にいたいなぁ……



 そう思えば、自然と口角は上がっていって。だらしなく顔が緩むのを抑えられない。

 ぼぅっとした頭の中は、きっとまだ眠りと目覚めの境界線があいまいでハッキリとしていない。



 だからつい、傍にあるあたたかさに擦り寄って。


 もう少しだけ、なんて思った私は。


 そこで、ハタと気づく。



 ……あれ…?このあたたかさは、なんだろう…?



 まだ働かない頭で考えていた時に、唐突に聞こえてきた楽しそうな笑い声。

 くすくすと、決して大きくはない声量だけれど確実に笑っていると分かるその上品さは、果たして誰のものなのか。


 そう、思った瞬間。


 私は急いでまだ閉じていたいと主張する瞼を持ち上げて、その声の主を見上げる。


「…………で…んか……!?」


 予想はしていたけれど、本当に予想通りの人物がそこにはいて。

 同じベッドの中、軽く頬杖をつきながらこちらを見ているその人は、この国の王弟殿下。

 そして。


「おはよう、カリーナ。私の妃」


 私の、旦那様。


「……おはよう、ございます…」


 辛うじてそう返すけれど、未だに頭は寝ぼけているみたいで。まだちゃんと色々と思い出せていない。

 でも、そう……昨日ようやく正式に、私達は夫婦になって。

 長い長い、もはや本当に儀式なんだろうなっていうくらいの婚姻式を終えて。

 その後は王都の国民への顔見せがあって。


 で。


 その、あと、に……。


「…っ!!」


 昨夜何があったのかを思い出してしまった私は、思わずぎゅっと目を瞑って妙に肌触りのいい布団で顔を隠す。


 というかこれ、布団なんだろうか…?

 公爵家でもそうだったけれど、とても薄くて軽くて。どちらかと言うとシーツみたいなんだけれど……。

 そのくせびっくりするぐらい手触りがいいから、素肌に直接触れている今はサラサラとした感覚が全身で…………

 って!!!!

 待って待って待って…!!!!素肌ってことは、私まだ……!!


「私の妃は何をしていても可愛いな。だが……」


 私の顔が真っ赤になっていることになんて、とうに気づいているだろうに。それでもお構いなしに私の耳にかかる髪を、そっと優しく払ったかと思えば。


「二人きりだというのに、名を呼んではくれぬのか?」


 そんな風に、囁いて。


「昨夜はあんなにも呼んでくれたというのに」


 なんて。

 わざと耳元で、思い出させるようなことを言うから。


「で…でんかぁ……」

「違うだろう?ほら、カリーナ。昨夜のように、私の名を呼んでおくれ?」

「ぁ、ぅぅ……」


 分かっててやってる…!!この人確実に、分かっててやってる…!!

 私が恥ずかしがってるの分かってて、わざとやってるんだ…!!


「カリーナ?私の妃?」

「ぁっ……」



 それが、分かっているのに。


 私はこの声に、抗う事なんて出来るはずがなくて。



「あ、るふれっど……さまぁ……」



 殿下の望み通り、その名前を口にするしかなくなる。



「いつまで経っても、我が妃は名で呼ぶことに慣れてはくれぬな」


 少し困ったような顔でそう言った殿下の言葉を聞いて、私はハッとした。


「え…?あ……す、すみません……」


 そうだ。二人きりの時は名前で呼ぶと、他でもない私が我が儘を言ったから約束したのに。


「それとも君を組み敷いて夢中で腰を振っているだけの、ただの男になっている私では不満か?」

「え、あ、いえっ…!!そういうわけでは……って、えぇ…!?いや、あのっ…あ、アルフレッド様…!?」


 突然の直接的な言葉に、一瞬流してしまいそうになった私は焦る。



 いや、だって…!!組み敷くって…!!こ、腰って…!!


 しかも夢中でって言ったよね!?この人今そう言ったよね!?



「どうした?」

「や、あのっ……あぅっ…」

「ふふっ。カリーナ、顔がまるでバラのように赤くなっている。本当に、愛らしいことだ」

「うぁっ……あ、アルフレッド様のいじわるぅ……」


 眠気なんて、すっかり吹き飛んでしまった。

 むしろそれどころではなくなってしまった。


 この王弟殿下は、婚約者になった時から色々と、その……積極的過ぎてドキドキするなと、思っていたけれど…。


 まさか結婚してからの方がその度合いが増すなんて、誰が予想できたというの…!!


 私は想像すらしていなかった…!!



 おかげで今後、特に二人の時に色々と振り回されることになるのだけれど。


 でもそれすら幸せだと思ってしまう位には、後悔なんて一つもないくらい優しく甘やかしてくれる人だから。



 ただ、その……。


 時折唐突に何かが切り替わってしまう殿下に、今後散々恥ずかしい思いをさせられるだなんて。



 この時の私は、知る由もなかった。


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