🏞ある公園のできごと
安全な場所、というわけではなかった。
ただたんに、食事に困らないからなんとなく居着いてしまった、というだけで。
だから私の一日のほとんどは
今までに一度だって危険な目にあったことなどなかったけれど。
それでもここはヘンテコだった。
なにせ、全然匂いがしないのだから。
「あ、猫だー」
大きくて小さい奴が花壇の安全確認中の私を見つけて大声で鳴く。
私はこの、大きくて小さい奴が苦手だ。
私よりずっと大きな体をしているのに、奴は物を良く知らないようなのだ。唐突に大きな声を上げたり、無遠慮に触ってきたりする。
そのうえ、中身は子猫のように弱々しい。一度だけ、大きくて小さい奴を軽く前足でこづいてみたことがあるのだけれど、たいして痛くもなかっただろうに涙を流してわんわんと大泣きしてしまった。
それ以降、大きくて小さい奴にはなるべく気を遣って接してやるようにしている。食事の時に少々乱暴に触られても我慢してやっているし。
食事をくれるのは大きくて大きい奴だ。大きくて大きい奴は大きくて小さい奴のように、大声で鳴かないしペタペタと触ってくることもしない。
でも、だからといって安全だとも限らない。
大きくて大きい奴も大きくて小さい奴も、全く匂いがしないのだから。
木や花、土は匂いがする。なのに、どんなに大きい奴らに私の匂いをこすりつけても、一日経つと完全に消えてしまっている。
ここは、何かが変だ。
だけれど、変だからと言って危険なことが起こるわけでもない。
それでも安全だとはどうしても思えなかった。
いつもと違うことは、いつだって唐突に起こるものだ。
別段、おかしなことがあったわけではない。空から水が降り注いでくるだとか、やたら強い風が吹くだとか、あちこちで花が咲き乱れているだとか。
なのに、匂いがする。
今までに嗅いだことのない、けれどなんだか妙に惹きつけられる匂い。
匂いの元をたどると一匹の大きくて大きい奴がいた。
大きくて大きい奴はベンチと呼ばれる物に座り込み空を見上げている。ぼんやりとしているようだ。
そっと近寄ってみる。
大きくて大きい奴は空を見上げ続けていて、こちらには気が付かない。
さらに近寄る。
やっぱり気が付かない。
さらににじり寄り、匂いを嗅いでみる。
気づかない。
思い切って大きくて大きい奴の膝の上に飛び乗ってみる。
足裏に伝わる適度な温度と柔らかさが心地よく、試しに腰を落ち着けてみると、とてもいい塩梅だった。思わず喉を鳴らせば、ちょうどよい力加減で適度に暖かく柔らかいものが私の頭をなでてくる。
これは、悪くない。
悪くないぞ、これは。
見上げれば大きくて大きい奴がのんびりと目を細めている。
ますます悪くない。
しばし、ゆったりとした時間を満喫する。
こんなにもゆったりと安心した気持ちになったのはいつ以来だろう?
……初めてなのではないだろうか?
大きくて大きい奴の動きたそうな気配がした。
でも私は別に動きたくないので座り込んで動かない。
大きくて大きい奴が私を困ったように見下ろす。
私も大きくて大きい奴を見上げてやる。
「一緒に来るかい?」
大きくて大きい奴が小さく鳴いた。
なかなか悪くない鳴き声だ。
「ニャー」
私も小さく鳴き返してやる。
大きくて大きい奴はちょっと目を細めてから、そろりと私を抱きかかえて立ち上がる。安定感のある大きくて大きい奴の腕の中で、私は目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしてやった。
「ありがとう」
しみじみとした声で鳴くと、大きくて大きい奴は自分の鳴き声に驚いたように目を丸くして、再び目を細める。
「ありがとう」
自分の言葉を確かめるように、もう一度そいつは鳴く。
大丈夫。これでもう、私たちはきっと安全だから。
だからきっと大丈夫。
私は眠たかったけれど、大きくて大きい奴の安心できる腕の中で、小さく鳴き返してやった。
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