🎡ある遊園地のできごと

 ジェットコースターに乗りたい、と駄々をこねる。

 両親にたしなめられ、まだ早いよボク、もう少し大きくなったらまたおいで、と係員にも優しく諭された。けれど、このやりとりは、もう何十回も何百回も何万回も繰り返している。

 うまれた時から“ボク”の身長は変わらずの120cm以下で変化なし。

 だから“ボク”には今後、もう少し大きくなる可能性も無ければ、ジェットコースターに乗れるようになる日も訪れない。

 それでも“ボク”は、明日もここで駄々をこねる。

 明日も、明後日も、その先も、毎日。

 それが“ボク”の役割だから。


 たくさんのモノが一時に立てる音というのは、独特だと思う。

 “ボク”はこの音の一部だった。

 いつかやってくるかもしれない人間のため、遊園地という音を演出する役割を持っている。

 人は、寂れたところには寄り付かないから。

 だから、“ボク”たちは“人”がたくさんいて楽しそうだという雰囲気を絶やさないように気を付けながら、遊園地を演出する。

 “ボク”も“両親”も“係員”もその他この遊園地にいる全ての人員は機械だ。もっと言えば、この園のマザーAIから指示を受けて動くアンドロイド。

 アンドロイド単体にたいした知能はない。人間やマザーからの指示に従うのがせいぜいのはずで、主体的に考えを持つことなんてあるはずもない。

 なのに、最近疑問を感じていた。



 一体いつまでこんなことを続けなくてはならないんだろう?



 僕は売店の前で足を止め、ソフトクリームが食べたいと駄々をこねてみる。

 マザーの指示には無い行動だ。

 途端に両親役のアンドロイドはもちろんのこと、園内全てのアンドロイドがほんの一瞬だけ動きを止めた。たぶん本物の人間だったら気が付かなかっただろう。それくらいほんの一瞬の間のこと。

 想定外の動きが発生したため、より“自然”で“楽し気”で“にぎやか”を演出するために綿密に練られていたマザーの行動指示が再計算されたから。

 新たな指示が園内全てのアンドロイドに伝達される。

 両親が困り顔を作り、今はダメだよ、後でまた来よう、と言った。ほら、あっちに観覧車があるよ、乗りに行こう、と。

 “ボク”はここで、イヤダイヤダとわめいて、どうしてもソフトクリームが欲しいのだと訴えるよう指示が出る。その通りにする。


 正直、指示にない行動をとるのは大変だ。

 でもどうしようもなく疑問が膨れ上がると、僕は突発的に指示以外の行動を起こしてしまう。


 両親はマザーの指示通りやれやれといったふうにため息を吐くと、売店でソフトクリームを買ってきてくれた。それから、二人そろってトイレに行ってくるという。すぐ戻ってくるから、ここで大人しく待っていてね、とも。

 “ボク”はマザーの指示に従って、ここでは待たずに園内を一人でうろつき迷子になり、迷子センターで保護されるべく行動しようとした。

「ねえ」

 でもできなかった。

 マザーの指示にない行動を起こした子に話しかけられてしまったから。

 僕は新しいマザーの指示を待った。

「ねえ、あんたのそれ、おいしそうね」

 マザーからの指示はなかった。

 困惑する僕に頓着せず、その子は無遠慮に言葉を続ける。

「私、お腹空いてるの。一口でいいから、ホントちょっとだけでいいからさ、それ、ちょうだい?」

 どうしていいのかわからなかった。

 こんなこと初めてだったから。

 僕はどうするべきか少し迷ってから、恐る恐るソフトクリームをその子の方へ突き出す。

 その子は、ちょっとと言っていたくせに大口を開け、一口で三分の一ほど食べてしまった。

「……えっと、おいしい?」

 僕はどうするのが正しいのかわからないまま、その子に尋ねてみる。

 その子は僕の問いに、満面の笑みで、口をもぐもぐさせながらも大きくうなずいた。

「おいしい!」

 ふわり、と。

 胸が軽くなるのがわかった。

 気づくと僕は、その子にソフトクリームを差し出している。

「だったらあげる」

「え、いいの?」

「うん。あげる」

 マザーの指示ではなかった。

 なのにはっきりと感じた。

 こうするべきなんだと。

 いや、違う。

 僕がこうしたいんだと、はっきりと感じた。


 その子はソフトクリームと僕を交互に見ると、まるで自分は世界で一番の幸せ者だとでも言わんばかりの顔になり、ありがとう、と言う。

 次の瞬間、僕は一人で立ち尽くしていた。

 周囲を見回しても、その子はもうどこにもいない。

 視界の届かないところまでサーチしてみたけれど、どうしても見つけられない。

 もしかすると、僕はついに壊れてしまったのかもしれない。今見た子は実際には存在していない、僕が勝手に作り出した幻だったのではないか。

 でも、いつの間にか僕のソフトクリームは無くなっているし、それに。


 ありがとう、というあの子の声が、しっかりと耳に残っている。


 僕は迷子センターの係員が“ボク”を保護するまでの間、あの子の言葉の余韻に浸っていた。

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