第4話  ジョセフ・ローレン

裕福な家の育ちだと思っていた。それでもジョセフにはだれにも見せることのない、陰りがあった。その陰りの中でいつも生きていたから、友達らしい友達ができなかった。だれも信じられない、それがいつもジョセフの心をしめていた。嫌われるタイプではないし、どちらかといえば、好かれる方だった。みんながジョセフを何かしらのイベントに誘ったし、写真を撮るとしたらいつも中心に据えられていたい。

それでもジョセフの心はいつも孤独で、歯を見せて笑っている写真は一枚もなかった。ジョセフローレン、彼の名前が世界中に知られたのは、彼が15歳の夏だった。大きなクレー射撃の大会で優勝したのだ。彼の家では、小さいときから猟銃の趣味をたしなむことが習わしになっていた。家訓のようなものかもしれない。特に彼は長男だったから、上手に射撃ができなければならなかった。ある種義務のようなものだから、ジョセフは練習に熱を込めた。もともとしっかりした性格だったから、とにかくまじめに取り組んだ。その成果が15歳の大会で花開いたというわけだ。

一般の部に出場して、2位と大きな差を開いて優勝した。2部門を独占した。彼はその優勝台の上でも、歯を見せず写真におさまった。

彼には心が惹かれるものがなかった。何をしても平均以上に結果をだしてしまう、この世の中はとてもつまらない世界だった。そういったところで世界は何かあたらしいおもちゃを提供してくれるわけではないから、ジョセフは黙り静かにほほ笑み、波風をたてないというコミュニケーション技術を使うようになった。

話しても話が通じず、その上バカげたことで嫉妬を買うくらいなら、穏便にしておくことが無難だ。

合理的な部分が賢さと映り、またもてはやされた。

その日々が彼の心をむしばんでいった。自分に欠陥がないことにどこか気持ち悪さを感じたときもあった。もしかしたら、自分はアンドロイドであって人間ではないんじゃないだろうか。そんな不安が彼の心をむしばんでいった。クレー射撃で優勝した年から1年ごとにその不安と病は大きくなっていった。それなのに、体は悲鳴をあげることもなく、毎日健康を維持した。心が病んでも体は平気で動いたし、休むこともなく、機械的にすべきことをこなせた。両親に自分が機械であるか?と聞いてみたい気持ちがあったが、それを聞いたところで両親がそうだという確率はないと計算機が瞬間的にはじいた。

だからいまだに聞くことはない。排泄も人間のようだし、発汗もする。腕を切れば血が流れるから自分は人間だと思い込めると算段した。


しかし、ある日。ジョセフローレンは昔の記憶が全く思い出せない不具合を感じて、心療内科に赴いた。初めて訪れた心療内科の物々しい空気に自分の何かがつぶれそうになった。


受付の女性の眼が色を放たずこう告げた。

「あなた、心療内科証、所持している?」

決定的だった。

ジョセフローレンは23歳の初夏に自分がアンドロイドであることを知った。

クレー射撃の大会で優勝した時の身内の冷ややかな微笑みの意味が今ならわかる

「アンドロイドの癖に」。

通常、アンドロイドは白人様式をとる。それが自分を人間だと思わせるひとつの自尊心でもあった。

「俺は黒人だからアンドロイドの可能性はない」

ジョセフローレンが自らをアンドロイドであると知ってから、彼は軍への入隊を志願した。この体で何かできるとしたら、早くばらしてもらうしかない。

感情を持ったことにより自尊心が崩れた、これを製作機関に報告する義務がある。両親はそのことでいまもなお悩んでいる。またそのことをジョセフローレンも理解している。

今、家族の食卓は仮面の宴となっている。


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