第3話 マルクス・シュタイナー
マルクスには大切な妻がいた。
いわゆる幼馴染で、家が隣同士であり、生まれた日時もほぼぴったりと言っても過言ではないまるで双子のような存在だった。偶然にもふたりはひとりっこだから文字通り兄弟同然で育ち、自然に結婚することを考えた。17歳の誕生日にふたりは結婚した。
その年、マルクスは飛び級していた大学を無事卒業し、宇宙工学の大学機関で助手の仕事を手に入れたから、満を持してふたりは結婚したとまわりは大変喜んだ。
しかし結婚式の翌日、妻は急死した。司法解剖をしてもそれらしい病気も見つからず、「原因不明の突然死」と診断されたほどに不可解な死であった。
マルクスは泣くことはなかった。そのことをわかっているように。だから、一時期、3年ほどは警察の事情聴取に人生がさかれた。
マルクスが殺したと嫌疑をかけられたのだ。それは妻の両親も同じように思っていたほどに。
マルクスがなぜ泣くこともなく自然に彼女の死を受け入れたかということについて、マルクスは誰にも言うことはできなかった。
それは彼女との約束だったから。
その約束を守るためなら自分は刑務所に入ることも覚悟していた。
自分には才能も実績もある。そのために死に物狂いで若い段階から地位や資格を山のように取った。勉強は血がにじむ思いをしながらした。
すべては彼女が死を迎えたあとのために。
彼女が初潮を迎えたとき、彼女は自分の母親よりもまずマルクスにそのことを告げた。ひとりむすこであるマルクスは初潮の意味をうまく理解できなかった。
だから彼女はかいつまんで説明した後に「大切なこと」を告げた。
ーーー私は17歳の誕生日に空に還る。それはあなたの仕事がはじまることを意味している。だから今からあなたはしっかりと宇宙工学について学ばなければならない。私が死んでも落胆することはない。なぜなら、宇宙と死がつながっていることをあなたが証明し、そこに至る道を通れば必ず私に再会できるから。あなたはこの話を信じられる。なぜならあなたは私が愛した人だから。
にわかに信じられなかったものの、愛しい彼女が信じてくれるならとマルクスは信じることにした。
彼女の告白の日から人が変わったように勉学にいそしんだことは言うまでもない。
そして17歳になり、彼女と結婚し、彼女は死んだ。
全てのつじつまが合ったから彼は泣かなかったし、新たな目標を持つことができた。
宇宙と死がつながっていることを証明し、彼女に会いに行くんだ。一秒でも早く。
マルクス・シュタイナーがあの鐘の音を聞いたとき、すぐにわかった。彼女が合図をしたのだと。
自分が選ばれた人間であると同時に、道具としてこの世に使わされた人間であることも理解した。
マルクスは自嘲することもなく空を見上げて誓った。
「悲しむこともない、自分の心と体は彼女とすでに宇宙にある、死からつながる宇宙へと」。
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