テーバン(クリス・テレバン物語)

瀬田 乃安

第1話 テレバン誕生

 CLF  SPエピソード テーバン(クリス・テレバン物語)


      プロローグ 


 神は必要に応じて全てをもたらす。


 神とは理(ことわり)のことである。つまり、それは人の力では支配し動かすことの出来ない条理。筋道。いわゆる自然である。


 地球という星の誕生、更に言えば、太陽、いや宇宙そのもの誕生も自然の技である。その理は今だ解明されずとも、どこかで解明、発見の時を密かに待っていることだろう。


 そういう理の元で、地球上には様々な生命が誕生する。そして今のところ、その最後に登場するのが我々人類だと思われる。その人類も、他の動物(生命)と同じように種を受け継ぎ生き続けるが、とある動物との関わりによって、大きく変貌を遂げていく。


 地球上で最も劣る生き物が、最も優れた生き物へと進化をする。もちろん、その進化には良いことばかりついてくるわけではない。それと同じくらいの悪いことも背負うことになる。そして、何よりもその進化がもたらす滅亡という死を運命付けられるのである。


 誕生と死、繁栄と滅亡、これらは常に表裏一体となって生命に限らず全てに付き纏う理である。


 だが、人類に対してそういう運命をもたらせたある動物は、その責めを追うことになり、人類滅亡を阻止するために、様々な手段を講じるのである。それが、また人類に様々なドラマをもたらすのだが・・・


 今から、およそ二千六百年前のこと。人間社会が文明というものを手にする前夜の頃。人々は穏やかにのんびりと暮らしていた。その男の名は、クリス・テレバン。当年とって二十歳の青年である。特に、何かを為すような風貌や能力は持ち合わせてなく、そこらにいるごく普通の青年だ。


「さてと、今夜の晩飯の魚でも捕りに行くか」

 そう言っていつものように川へ魚を捕りに出かけていく。だが、辺りはいつもと違って強風が吹き荒れていた。“風が吹けば桶屋が儲かる”という言葉があるように、風は天候が荒れるバロメータとも言われる。クリスが魚捕りに没頭している間に、辺りは真っ暗になっていき、あちこちで雷鳴が轟き始める。


「こりゃ、ちとやばいか」


 と言いつつ、漁を止めて引き上げようとする。

 その時、上流の方から流されてくる子犬を見つけた。上流では、既に雨が降っているのか、気が付けば水かさが結構増している。気の優しいクリスは、子犬を放っておくことが出来ずに、何とかして助けたいと思う。


 木の枝を持ち、子犬に差し出すが子犬がそれを掴むはずもない。助けようと子犬に声を掛けながら追いかけていく。ふと、川下を見ると川がなくなっているのに気づいた。

「しまった、この先は大きな滝になっていた・・・どうしよう」

 と思うが手の打ちようがない。もちろん、滝に落ちれば子犬の命はないだろう。と思った次の瞬間、何を勘違いしたか、クリスは川へ飛び込んだ。当然、助ける策があってのこと、と思いきや、さにあらず、思わず飛び込んでしまったようだ。飛び込んでしまってから、又しても“しまった・・”と、思ったようだが、既に後の祭りである。


 そこへ雷鳴が轟き、近くの木に落雷。枝が真っ二つに折れ、その枝が何とクリスの前に延びるではないか。何とまあ運の良い奴・・・と、まるでテレビドラマのような展開になる。その枝に掴り難を逃れるかと、思いきや、そうは問屋が卸さないとばかりに、急激に水かさが増し水の流れが速くなる。

 子犬を小脇に抱え必死に枝に掴り脱出を試みるが、水の圧力がそれを阻む。クリスの腕力もやがて限界に達し、手が外れる。その瞬間、またも雷鳴が轟き落雷。しかも、その倒れた木に。それはつまり、クリスと子犬に落ちたのだ。クリスと繋がれた子犬は、共に光り輝きながら落ちていき滝の中へと消えていった。



 しばらくして・・・


「お~い、クリス。いい加減に起きろ」


 という声に、クリスが目を覚ます。うっすらと目を開けると、辺りは眩しいばかりに明るかった。その明かりのまぶしさに中々目が開かない。だが、そのスキがクリスの目を覚まさせた。


「あっ、そうだ。滝から落ちたんだ。この眩しい光は死語の世界の光なのか?」

 などと、死んだじいさんらから聞いたあの世とやらの話を思い出していると

「まだ、死んでないぞ。しっかりせい!」


 という声がした。声がするほうを振り向くと、一匹の犬がいた。


“何だこの犬は”と犬の存在を見ながら、何故自分がこうなったのかを思い出し“生きているんだ”と気づく。そして、おもむろに


「もしかして、犬が人の言葉をしゃべっているのか?」と聞くと、

「それは違うぞ、人が犬の言葉を話しているんだ」とその犬が答えた。

「マジかい?俺にそんな隠れた能力があったとはね・・・」と一人で感心していると、

「そうではない」とその犬が口を挟む。

「ところで、あなたのお名前何んていうの?」


 とクリスがリズミカルに聞くと、

「セタと申します・・・」

 とリズミカルに答えるが、

「そういう冗談に付き合っている場合ではない!」と凛々しい顔に戻り、

「クリス、お前は運命(さだめ)という言葉を知っているか?」


 と、クリスに問いかけた後、なにやら犬が説教を始める。犬が説教とは・・・当然、あり得ないと思われるだろうが、そこはスルーして頂いて・・・。

 しかし、クリスは、そんなことには目もくれずセタの説教を真剣に瞬きもせずに聞く。それは延々と続き、何と驚くことに、気づけば丸一日が過ぎていた。

 聞き終わる頃には、クリスの表情は別人のように変わっていた。その犬が話した運命(さだめ)というものを理解したのだろう。そして、何とこの出会いこそが、人類の輝かしくもあり痛ましくもある歴史の始まりなのである。壮大な歴史というモノも元を辿れば、他愛もない日常からから始まっているということなのかもしれない。クリスに与えられた使命。その使命を全うしたればこそ、今の私たちがあり、人類滅亡を阻止するための激しい攻防もあるのである。


 この物語は、クリス・テレバンが一つの使命を授かり、その使命を全うするために一匹の犬と共に諸国を旅し、人々へ神からのメッセージを授けていく物語である。言葉を介して人へ何かを伝えるということは非常に難しいものである。

 多くの誤解を受けながらも、一人に通じれば、その先に可能性が広がる。その奇跡のような僅かな可能性が全てを作るとも言えるだろう。それは、あなたの父が勇気を振り絞って伝えた、あなたの母への愛のメッセージにも同じことが言えるのかもしれない。


 誤解を恐れず、タダひたすらにたった一人の理解者を捜す旅。テレバンは、身を持ってそのことを我々に伝えたかったのかもしれない。クリスの決して諦めないその姿勢が、やがて彼を英雄とすることになるのも、そのためだったと思われる。


「セタ、俺に使命があると言うのなら、お前にも使命があるはずだ。俺との出会いは、きっと神が定めた運命という奴なのだろう。もし、そうだとしたらそれに従い前に進むしかないね。遠い未来の俺たちの子孫のために。きっと、長い旅になるな・・・」

 とクリスがセタという名の犬に話しかけると、「ワン」という声が返ってきた。


 そして、生まれ育った山里を後にし、クリスはセタと長く遠い旅に出かけたのである。

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テーバン(クリス・テレバン物語) 瀬田 乃安 @setanoan

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