第十五章 ③


「いらっしゃ――ひえっ」

 店に入るなり、老人は大口を開けて驚愕した。機操剣専門店〝荒廃仁義の大決戦〟の店主、ダルメルの歓迎にゼルはわざと声を張り上げた。

「久しぶりだな、オヤッさん。俺の完治を祝ってくれよ」

 両腕一杯に抱えた紙袋の中身は軽食と酒である。後ろを歩くレインも好きな物を好きなだけ買って一杯一杯だった。

「安心しなダルメル。今日の僕は友人と酒を飲みに来ただけの一般市民だ。君が、この店でどんな商品を扱っていようとも不問とする。というわけで、僕の機操剣の性能を四割増しにしておくれ」

「おい、レイン。俺の注文が先だろうが。オヤッさん、例のパンチカードを高位解析機関に埋め込んでくれ。それと、火室と着火ホイールの連動効率を二割、蒸気機関の燃費を七割に、鍔の保存機関の改良とそれと」

「ええい! 黙れ若造共! 一度に言うな。まったく、久しぶりに会ったかと想えば風情のない連中め」

 ダルメルがカウンターから出るなりゼルへと大股で近付く。そして、

「この大馬鹿者!」

 ダルメルの拳がゼルの腹部を打つ。老いていても現役の機操剣整備士だ。その拳が鉛のように重い。

「ワシが改良した機操剣を使って〝負け〟おって。ふがいない。これでは、店の宣伝にならんじゃろうが!」

「悪い。全部、俺のせいだ」

 お互い、もっと言いたいことが別にあった。

 それでも、ダルメルはゼルを抱きしめた。まるで喧嘩に負けて泣きじゃくる孫をあやす祖父のように。

「寿命ならまだ納得出来る。じゃが、お前は若い。どうか友よ。そう簡単にくたばってくれるな」

「ああ。そのつもりだよ」

 ダルメルの心配が嬉しかった。

 レインが羨ましそうに見ている。

 ゼルはダルメルの頭に落ちないように紙袋を持ち上げたまま腕をブルブルと震わす。

「ともかく、座らせてくれないか?」

「おっと、そうじゃったそうじゃった。今日はもう店仕舞いじゃ。お前ら、二階に上がれ。ワシも秘蔵のシャンパンを開けよう」

「おうおう。身体に似て太っ腹じゃねえか」

「それとゼル。ヌシが前に『食べきれないからそっちに置いといてくれ』と言った高級チョコレートな。あれ、全部曾孫にプレゼントしたぞ」

「おい、あれがブランデーに合うんだぞ。え、一つもないのか? あれ、夏限定でもう買えないんだぞ!」

 比較的に穏やかな談笑が続く。

 今のところは。

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