第十五章 ④
先に酔い潰れたレインを、とりあえず床に転がした。ブルーコートが全裸なのは、ゼルが『やっぱりこいつは女に違いない』と試しに脱がしたからだ。結果は、まあ、最初から知っていたけど。
「で、オヤッさん。さっきの話は飲んでくれるかい?」
革張りのソファに深く座り、ゼルはナッツを噛み潰す。
ダルメルは年季の入った安楽椅子を揺らしつつ、手酌でグラスに冷えたビールを注いだ。すっかり、顔は赤くなっている。
「おや、何じゃったかな?」
「とぼけるなよ。機操剣の改造だよ、改造」
ゼルは身体を起こし、まだ残っているボトルを探した。軽く振り、直接口をつける。やはり、ブランデーはこのくらい温い方が好みだった。
「金さえ払えば、どんな注文だって聞いてやるさ。じゃがな、ゼル。ヌシはなにをするつもりだ?」
「レインと同じことを聞くんだな。別に、どうってことない。成すべきことをするだけさ。ただ、それだけの話だよ」
若者の意見に、老人は深く息を吐いた。溜め息ではなく、けれど腹に溜まった憤りをぶちまけるように。
「この街は、短時間の内に大きくなりすぎた。大きな組織がいつまでも争い続けている。このままではいつか、取り返しのつかない場所まで行ってしまうだろう。その先には一体、何があるというんだ」
「怠惰の清算ってわけだ。大いなる破滅か、発展か、それとも混沌か。一つだけ分かっていることがある。それは、動かなければなにも始まらないってことだ」
「今を変えようとするのは、若者の美徳じゃのう」
「なんなら、機操剣の振り方を教えようか?」
「ぬかせ、小僧」
ダルメルが深い皺をさらに深く刻んで笑う。
「まあ、ええわい。ただのゼル。これだけは約束しろ。無理はするな。今のヌシには休息が必要じゃ。ゆっくりと英気を養うことも戦いじゃ」
「……ああ、肝に銘じておくよ」
しっかりと頷き、ゼルはボトルを傾けた。
「ところでオヤッさん。旧工場地帯に赤獅子騎士団が要塞を築いたのを知っているか?」
「あれか? ああ、知っているとも。連中も派手なことをするもんじゃ。それだけ、余裕がなくなっているということでもある。瀟洒会同盟や銀行領との戦いに、後れを取りたくないんじゃろう」
「要塞を護る外壁は、堅固って噂だ。なんでも大砲の雨を降らしても傷一つつかないらしい。まったくもって悪手の極みだ。面じゃなく、点で考えるのが正解への近道だろうぜ。酒の肴にするには、ちょっとばかし塩辛い話だけどな」
少なくとも、ブランデーには合いそうにない。
ダルメルがビールをあおり、グイッと唇を拳で拭った。
「速度と質量がそろえば、どうとでもなる。もっとも、かなり複雑な機導式になるの。レインに聞いてみるといい。あいつは頭が良いからの。一週間もあれば、なんとかしてくれるじゃろうて」
紙切れ一枚、舞う。
ゼルがテーブルへとパンチカードを投げ落とした。二枚、三枚とさらに重ねる。トランプで賭け事をしているかのように。
ダルメルがパンチカードを一瞥し、目を見張った。
「こいつは……」
「一か月も仕事がなかったんだ。考える時間は十分にあったよ」
ゼルが空になったボトルをテーブルへと置いた。ダルメルは酔いが覚めた顔でパンチカードを掴み取り、凝視する。
「ゼル、お前は」
「オヤッさん、なにも言ってくれるな」
ゼルは前髪を掻き上げ、自嘲気味に笑う。
「連中に、誰に喧嘩を売ったのか教えてやる」
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