第十三章 ②


 しばらくの間、ゼルはその場に立ち尽くした。結局、なにもかも中途半端だった。一つ一つの運命が微妙なまでに、ただ致命的なまでにズレてしまった。自分のことを言外に嗤われているかのようで、どうしても泣けなかった。

「ゼルさん!」

 名前を呼ばれ、振り返る。そこには、フレンジュの姿があった。頭には包帯を巻いたままで、足はふらついている。こちらへと危なっかしい足取りで歩み寄って来た。

「フレンジュ、なんでここに。ベニアヤメはどうしたんだ?」

 ゼルは慌てて駆け寄り、フレンジュの身体を支える。その軽さと冷たさにゾッとした。

「そ、それが、もう終わったからゼルさんのところに戻れって。私が地上に出たら、もうどこにもいなかったの」

「なんて勝手な奴だ。大方、欲しいモノが手に入らなかったからって拗ねたんだろう。見かけ通りとは笑い話にもならない。ただただ背筋が寒いだけだ」

 なにかあったらどうする。ゼルは、ベニアヤメへの文句で脳内がふつふつと煮立ってきた。

「ゼルさん。あの、コレンスターレ隊長は」

 心臓の鼓動が一段跳ね上がる。

 ゼルは、嘘をつけなかった。

「……俺が殺した」

 フレンジュが小さく息をのんだ。固く目を閉じ、ゼルの胸に頭を預ける。顔は見えずとも、肩は震えていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 誰への謝罪か、ゼルは聞かなかった。俺の代わりに泣いてくれと、背中を撫でる。フレンジュの嗚咽が終わった時間の隙間を埋めた。

「《九音の鐘》は、もう壊滅したんだな」

 卑怯だと分かっていても、聞かずにはいられなかった。

「コレンスターレ隊長は、最後に、あなたも、道連れにする、って。だから、私、どうせ殺されるなら、って。けれど」

「バグルは、俺と正々堂々一対一で戦った。紛れもなく、疑いようもなく、男と男の勝負だった。それだけは嘘じゃない。嘘にしちゃいけない。騎士団の都合なんて関係ない。この戦いは、俺達三人だけのものだ」

 どんな理由も、運命も、大きな組織の身勝手な都合ではないと。多くの者が死に絶えた。たとえ悪党だろうとも、真っ当に生きたとは胸を張って言えずとも、ご都合な駒なんかじゃなかったと。

「フレンジュ。頼みがある」

 これだけは目を見て伝えたかったから、ゼルはフレンジュの顔を上げさせた。男のみっともない我儘だった。

 涙で濡れた表情に、本人であるフレンジュが一番困った。

「なん、ですか?」

「残りの人生、俺と一緒に生きてくれないか。俺が、君を護ってみせる」

 フレンジュが驚愕の一言で片づけられないほど驚き、目を丸くし、息を詰まらせた。双眸から、また涙が込み上げる。

「罪悪感を誤魔化すためなら、よして。優しい言葉を使わないで」

「俺だって、悩んでいるさ。けど、そう簡単に片付けられないだろう。言いたいことは色々ある。だから、そういうのを一緒に考えていこう。そうだろう、フレンジュ?」

 子供の頃はあれだけ簡単だった愛も、大人になったら素直に紡げない。想いと想いが無条件で繋げられるほど、ゼルとフレンジュの関係は単純じゃなかった。

 複雑な数式だからと投げ捨てるのは容易だ。ただ、だからこそ一緒に生きてこそ見えてくる景色もきっとあった。

「私、すごく我儘よ。結構、雑なところもあるし」

「それは俺も同じだ」

「それに、あなたが他の女を挨拶代わりに口説いていたら凄く嫉妬するわ」

「……善処します」

 不満も生まれるだろう。喧嘩もするだろう。

 それでも、諦めるよりもずっとマシだ。

「家に帰ろう。もう、ここに用はない」

 ゼルは優しくフレンジュを抱きしめた。脳裏に、クローゼルの姿が見えた。それはきっと自分の妄想で、都合の良い解釈だと分かっていても。

 彼女は、微笑んだ。

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