第十二章 ①
モクモクと蒸気が噴き出していた。大型十二気筒の蒸気機関・ギュリオールの遠雷が活発的にコークスを燃やしている。
高位解析機関との間に、金属製の箱が装着されていた。蝶番式の蓋には無数の小さい穴が開いており、そこから白い蒸気が漏れ出している。
ゼルは、大きな瓦礫を椅子代わりにして座っていた。半分以上が地面に埋まっている火竜小唄の刀身が、火室から漏れた濃い橙色の光をわずかに反射させていた。
大型の蒸気機関もシリンダーが動いていないと静かだった。聞こえるのはコークスが燃える音、歯車が回る音、そしてこちらへと近付く足音だった。
重い、とても重い足音だった。
「お前はなにをやっているんだ? 私が何度も我が目を疑ったぞ」
ゼルの頭上に大きな影を落としたのは、機械式の巨兵だった。《剣髄の巨兵》そして、それに乗るバグル・コレンスターレである。
「見て分かんねーか?」
ゼルが機操剣に手を伸ばし、トリガーを半分引く。
金属箱の蓋が勢い良く開いた。
ムワッと蒸気が広がる。
中に収まっていたのは、凹凸のある拳大の物体が二つ。
「ジャガイモを蒸してんだよ。食べるよな?」
もしも、バグルの顔が見えたのなら、酷く困惑していただろう。
「おい、黙って銃口向けるな。あぶねえだろうが」
「今の私は瀟洒会同盟の手下共を追い払い、やっと目的の男を見付けた状態だ。これを好機と呼ばずなんと呼ぶ? 私は若干迷いながらも無難な選択を取る」
「ベニアヤメから、銀行領を抑えつける代わりに部下になれって言われたよ」
「……なに?」
バグルが両腕二組の腕を下ろした。多銃身式連発銃が回転を止める。弾丸は一発も放たれなかった。
ゼルは足元に置いていた小さい容器を掴み取る。蓋を開けると、中は薄茶色でドロッとした物が詰まっていた。
「なんだそれは? 私は先程から襲いかかる疑問の山に動揺を隠せない」
ゼルはおもむろに蒸したジャガイモへ折り畳み式のフォークを突き刺した。熱々の湯気が人魂のごとく宙を泳ぐ。
息を吹きかけ、少しだけ冷やす。フォークを抜いて、半分に割る。ジャガイモの断面は、綺麗に蒸されていた。濃い色で、茹でた南瓜に似ている。
片割れを一つ、薄茶色のソースにくぐらせる。粘度があるから、塗るというよりもソースが断面に薄く乗った。例えられない匂いが戦場に広がる。
ゼルは温度を確かめつつジャガイモを齧った。目を閉じてゆっくりと顎を動かし、入念に味わいを分析する。
「ややネットリと澱粉質が多い食感、甘味のある品種。そこへ新鮮なバターの濃厚でいてくどくないコクが加わる。さらには魚醤の発酵物独特の塩気と深い味わいが見事に融合している。うん。なかなか美味い。……昔は、こうしてよく戦場で食ったもんだ。確か、お前とも一度だけ食ったことがあるな。お前、ジャガイモには塩と胡椒以外認めないって愚痴言ってたよな」
「ふん、愚問だな。丹精込めて作られた野菜はそれだけで立派な食材なのだ。そこへバターや魚醤みたいな濃い物ばかりを塗って食べるなど言語道断。塩と胡椒を少し振るだけで、食材の味とは完成されるのだ。私は、己が真理を熱く語ろう」
「そんなの、年寄りの理屈じゃねえか。バターも魚醤も、職人が手間暇かけて作ったんだぞ。こうやって味わうのが正解だろうが」
「お前の場合はベタベタ塗りすぎなんだ。なんだそれは? 舌がぼけているのか? いつまでも若いつもりでいると、腹が肥えるぞ。私は恐ろしき現実を語ろう」
「手前のは貧乏臭いんだよ。なんだよ、それ。胡椒は貴重だから大切に使いましょうって何百年前の話だよ。そんなに食材の味が大切なら、豚みたく生で齧ったらどうだ」
お互い、睨み合う。
どこかで、瓦礫が落ちるような音がした。
バグルが大きな溜め息をこぼす。
「塩と胡椒はあるのか? 私は半ば諦めた」
ゼルが小さく肩をすくめる。
「あるよ。共和国のウエニコ地方の岩塩に、帝国特級の胡椒だ」
それは休戦に似ていた。
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