第十一章 ④

 ゼルが狭い廊下に出ると、反対側に新しい扉があった。開けてみると、そこには妙な空間が広がっている。

 そして、ベニアヤメが居た。

「なんだ、ここ?」

「くくくくく。和室なのだ。あっちの故郷の美式なのだ。おっと、いったん止まるのだ。靴を履いたまま踏むと、呪われるのだ」

 ゼルは黙って靴を脱いだ。草を編んだ板が十数枚ばかり隙間なく敷かれている。足裏に伝わる感触は、木板よりもやや柔らかい。

 美麗な小物も全て、機錬種だというのか。

「どんなふうに機導式を練り込んだから、こうなるんだよ」

「それは、秘密中の秘密なのだ」

 部屋の中央、ベニアヤメは呑気に寝転がっている。

 ゼルが座ると、瀟洒会の長は大の字になってこちらを見上げた。

「答えは出たのだ?」

 口元は緩い。愛らしく見えなくもない。

 しかし、ベニアヤメの目は笑っていない。むしろ、とっととこっちが欲しい答えを頂戴と言外に告げている。

 ゼルは一度大きく深呼吸し、言った。

「ともかく、バグルを倒してくる。コークスと水をくれ」

 どう受け取ったのか、ベニアヤメが一層と笑みを濃くした。なのに、瞳の奥は濁ったままだった。轟々と地獄の炎が煮詰まっている。

「うんうん。それが良いのだ。ゼルなら分かってくれると信じていたのだ。では、明日からわっちら瀟洒会同盟の一員なのだ。週休二日制で社会福祉万全、成果を出せば出すほど給料はアップするのだ」

 多分、きっと本当だろうから、割と魅力的だった。

「ところでゼル。なにか食べるのだ? 酒もあるのだ。腹は減っては戦が出来ぬと言うのだ」

 ゼルは低い天井を眺め、両腕を組んだ。

 一つ、いや二つ未練があった

「じゃあ、ブランデーとジャガイモはあるか?」

「あるのだ。煮る、焼く、蒸す、なんでもいいのだ。ポテトフライも捨てがたいのだ」

「いや、生だ」

 ベニアヤメの顔が段々と苦笑い気味に引きつっていく。

「……ゼル。それは流石に頭がおかしいのだ。素材の味を大切にしすぎなのだ。腹を壊すだけなのだ」

 ベニアヤメが、可哀想な生き物を見るような目でゼルに提案する

「いいからバケツ一杯寄越せ。それと、調味料をなるだけ多く用意してくれ。それと、ブランデーは冷やすなよ絶対に」

 ベニアヤメが怪訝そうに首を傾げる。

「なにをするつもりなのだ?」

 ゼルが、割と自棄になって笑う。

「戦場のポテトパーティー。第二弾だ」

 自分でもなにを言っているのか分からなかった。

 けれど、必要なことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る