第十章 ②
あまりにも唐突だった。
少なくとも、ゼルはそう想った。
ただ、違ったのだ。
「いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも! お前という男はいつまで強いつもりでいる!? いつまで私を弱者として括る?! その傲慢さが気にいらないと私は増悪の全てをお前に注ぐ!!」
怒りが機導式に直結した。バグルが左腕で地面を深々と抉り、二台目の多銃身式連発銃を構築する。火力が一気に倍まで増えた。
「お前がいる限り! 私はいつまでも弱者であり続ける。だから殺す、だから消す、だから潰す。それが理由だ! 私の殺意は月にまで届く!!」
ゼルはワイヤーを利用し、自身を振り子に変える。地面を滑りながら避け、円弧の末端は跳躍に移行、再び宙へ浮く。
「いつ俺が傲慢になったんだよ。それに、少なくとも俺の方が強いだろうが。手前はいつも厄介な仕事から逃げてきた。アルメダイルの防衛でも、銀行領カレンズ派の殲滅でも、コンドーと喧嘩でも、お前は前線に立とうとしなかった。俺の強さが相対的な評価なら、手前の弱さは手前で撒いた種だろうが。芽も出ずに腐ったからって、他人のせいにするなよ」
バグルはどんな表情を浮かべているのか。ゼルを撃たんと、多銃身式連発銃を振り回す。目標を失った弾丸の群れが廃ビルの壁を削り、コンクリートの雪崩を生む。
ゼルは明かりを忘れた街灯にワイヤーを巻き付けて宙を水平に移動する。そして、一瞬だけ地上に下りた。左腕をフレンジュの腰に引っかける。
「夜のデートと洒落込もう」
「ちょ、ゼルさん、まさか――びゃっ!?」
フレンジュ、宙を浮く。
ゼルは月を見ながら笑った。
「追いかけっこだ、バグル。俺を捕まえてみろ」
ワイヤーを遠投、敵から大きく距離を取る。
いくら向こうの機導式が優秀でも、必ず限界活動時間が存在する。徹底的に消耗させれば、こちらが有利だ。
バグルが多銃身式連発銃の掃射を止めた。両腕を頭上に伸ばす。
「ならば、虫けらのように逃げてみろ。私は、絶好の好機だと煮えたぎる笑みを浮かべよう」
強化外骨格の背中から二本の腕が伸びた。多銃身式連発銃をバトンのごとく受け取る。
空になった両腕にサーベルのごとく鋭く肉厚な爪が生えた。両脚には小さな棘を無数に生やすホイールが構築される。全体が、また一回り大きくなった。
ゼルは頬を引きつらせる。まさか、まだ上があったとは。あきらかに、バグルが持つ機操剣の性能を超えている。ならば、あれが新しい力だと言った愚照の青炎の能力なのか。
「自分で言っておいてなんだが、男に追いかけられる趣味はねえんだよな。フレンジュ、舌を噛むと危ないから上顎と下顎に力を込めろ。壊れた胡桃割り人形みたいに」
敵を眺める。ゼルは今、背中を前に向けていた。サーカスの曲芸めいた跳躍で、ビルからビルへとワイヤーを伝わせる。
半秒遅れ、弾丸の一個大隊がゼル達へと迫った。貫く、砕く、そんな領域ではない。コンクリートだろうと鉄骨だろうと機錬種だろうと容赦なく削る。弾丸そのものに機導式を深く練り込んでいる証拠だ。
バグルが地面を蹴った。いや、擦ったと言うべきか。ホイールが高速で回転し、巨体に軍用二輪車と同じ景色を与える。
爪を生やした腕を巧みに操り、軌道を強引に変える。無茶苦茶だ。オデイル達の機械巨兵とは、まるで比較にならない。
「無人街とはいえ、乱暴な操縦だな。おっと」
足元一メートル先、弾丸が通りすぎた。あまりにも密集しているせいで、粒というよりもほとんど線だった。きっと、痛みを感じることなく死ねる。想像するだけで恐ろしい。トマトソースは好きだが、自分がトマトソースになるのは勘弁願いたい。
向こうも、ゼルの弱点を知っている。移動用の機導式を維持したままでは、Sカノッソス零式を〝起こせない〟。
鍔の機関に保存している機導式の中には、必殺と呼ぶに相応しい力がいくつかある。そのどれもが、MアポートンM一八五〇へ多大な負荷をかけるのだ。高位解析機関の演算処理が追い付かず、発動までに大きなタイムラグが生じてしまうほどに。補うには、細かい処理をSカノッソス零式に任せるしかない。
今、四つ目まで起動している。バグルを倒すには、最低でも七つ目まで起こさなければいけない。
「……厄介だ」
せめて、フレンジュを戦場から逃がすことが出来れば。いや、駄目だ。こちらの動きなど監視されている。《九音の鐘》の諜報能力ならどこに逃げても筒抜けだ。傍で護るのが一番安全だという矛盾に、喉奥が渇いていく。きっと、向こうはこれも計算に入れていた。
ゼルがビルの屋上に着地すると、フレンジュが小さな爆発でも起こすかのように息を吐いた。
「大丈夫か?」
「ゲホゲホ。これが大丈夫に見える?」
「怒る気力があるなら、問題ないな」
フレンジュがゼルに恨みがましい視線を向ける。ややあって、その横顔が苦渋で染まっていく。
「せめて、私も機操剣が使えれば」
「気にするな。こうやって移動しても骨を折っていない時点で十分に頑丈だ。それに、護ると決めたのは俺だ」
「ゼルさん。私が邪魔なら、私を」
弾丸の気配、腕、掴む、再び跳躍する。
「これ以上の遠慮は無縁といこうぜ。……それに、だ。どっかで見ている馬鹿にも教えてやらないといけないからな。俺は手前らが想っているよりも、真っ当な奴だって。じゃないと、示しがつかない。ほら、しっかり掴まってろ。じゃねえと、振り下ろされるぞ」
ビルの壁を背にし、ほぼ垂直に落ちる。あるいは天地逆さに飛ぶ。月を背にして追って来るのは、強化外骨格に包まれたバグルだった。ゼルは次々にワイヤーを打ち、蛇行しながら弾丸を掻い潜る。フレンジュが両腕に力を込めてゼルのコートを握った。
意志を持った巨大な隕石が追いかけて来るようなものだ。冗談じゃない。火力と機動力を両立させるとは贅沢な奴だ。
冷たい風が顔面を叩く。心臓の鼓動が加速していく。ただでさえ視界が狭まる夜にこんな変態軌道を描き続ければ、いつか必ず失敗する。精神が削られる音は、岩塩を砕く音に良く似ていた。
「逃げてばかりか!? 《墓標の黒金》も落ちぶれたものだな。私は落胆と侮辱をお前に捧げよう」
「卑怯な手を使った野郎が、勝手なことをぬかすなよ。普通に戦えば勝てないからって、こうやってフレンジュを利用している。《九音の鐘》は、そこまで落ちぶれたのか? 個人の私情がまかり通るなんざ、たかが知れている。それとも、手前が組織の長になったからって営業方針を変えたのか? だったら、役所から税金の催促が届いているかもしれないぜ。卑怯税と三下でごめんなさい税が」
ゼルはワイヤーを解除した、火竜小唄の刃をビルの壁に突き刺す。一流の機導使いならば、コンクリートと機錬種の区別など一瞬だ。
脆い配列の壁が、めくれるように切り裂かれていく。ゼルの落下速度が落ちた。刃が移動した距離、約三十メートル強、すでにトリガーは引かれている。
切られた壁は、一欠けらも破片を落とさなかった。
落下するバグルへと銃口が伸びた。ビルの側面が瞬く間に四十本の銃身をそろえる一個小隊へと変質する。
空中で回避などとれまい。
「大人しく喰らっておけ!」
お返しとばかりに弾丸の束をバグルへと叩きつける。装甲は破壊出来ずとも、受けた慣性までは殺しきれない。
バグルが宙で体勢を崩した。
ゼルは機操剣をビルの外壁に突き刺したまま、落下を止める。
今度は、こっちが上を取る番だった。
「そのまま」
落ちろ、と言いかけた。
瞠目したのは、ゼルとフレンジュだった。バグルの巨体が宙に固定された。まるで、見えない糸に吊るされているかのように。
本当に吊るされていた。
「まだお前は私を侮っているようだな。愚照の青炎は、この程度の力に留まらない。お前の浅慮を私は深く嘲笑おう」
強化外骨格の背中に蜘蛛と酷似した節足が八本伸びていた。それぞれがワイヤーの投擲装置だ。
また、一回り大きくなった。
「まさか、周囲の機錬種を取り込んでいるのか」
「そうだとも。私の《剣髄の巨兵》は、特級機導式である《到達点》の一つだ。全身にたぎる戦意に、私は陶酔さえ隠せない!」
再び二台の多銃身式連発銃がゼル達を狙う。銃身の束が回転し、弾薬を纏めたベルトが無尽蔵に増殖していく。
周囲に機錬種がある限り、弾薬の制限はない。
ゼルがトリガーに手を伸ばすと同時、弾丸の暴風が活動を始めた。
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