第十章 ①

 数秒遅れ、やり返されたのだと理解する。オデイルとの戦闘で、ゼルは機械巨兵の動きを封じるために即興の落とし穴を作った。ようはあれと同じだ。

「ビルを支える柱を分解したか。まあ、爆薬を使うよりもシンプルだよな。けど、効果的だ。前触れをほとんど感じなかったってことは、全体を一気に引っこ抜いたってわけか。うん、なかなか面白い。もうちょっとで、瓦礫入りハンバーグの材料になるところだった」

 呑気なゼルの言葉に反応したのは、尻餅をついたフレンジュだった。

「な、なんでそんなに冷静なのよ! 今、確実に死にかけたわよ! 大丈夫なの、私生きている? 実はもう向こう側ってことはないわよね。足、ある、ちゃんと二本ある」

「安心しろ、生きてるよ」

 朦々と噴き上げていた粉塵が夜風に流されていく。辺り一面瓦礫の山だった。ほぼ地上まで落ちた。その中心、ゼルとフレンジュだけはまだ屋上の床に立っている。クッキーの型で切り抜いたかのように、不自然なまでに無事な部分が存在しているのだ。

「ゼルさん、どんな機導式を使ったの?」

「単純なもんだ。俺とフレンジュを護るための半自動式防御壁ってところか。そんなに怯えなくても平気だぜ。半径五メートルの範囲は聖域だ」

 機操剣は、まだ床に刺さったままだった。

 質量を知った風が三つ。

 ゼルの首や左胸、胴体を狙って砲弾が飛来する。亜音速の弾頭は円錐を描き、特大の槍のごとく迫った。

 寸前、地面が盛り上がった。

 壁が幾重にも連なって伸びる。砲弾が直撃し、破壊されてもすぐに新しい壁が生まれ、攻撃を阻む。

 今度は真後ろから銃弾の嵐が迫った。ゼルは、振り返りすらしなかった。再び壁が出現し、弾丸の壁を押し返す。破壊されても防御壁は何度でも再構築されていく。それも、段々と強化されていくのだ。百発の暴力で一枚目が破壊され、二枚目は五百発を要した。三枚目は千発当たっても壊れない。壁の大きさはほとんど変わっていないというのに。

「構築している機錬種の配列が変わっているんだ。その攻撃に対し、もっとも効率的な配列を演算で導き出す。攻撃の速度、面積、角度、様々な要素は弱点の塊でもある。この程度で、こいつが貫けるかよ」

「けど、ゼルさん。このままだとここに磔よ。一方的に攻撃されているままじゃ、反撃出来ないわ」

 フレンジュの意見に、ゼルは片膝をついた。

 機操剣のトリガーを押し出し、二十四種の記号のみで構成された中型のタイプライターを展開する。キーをいくつか打ち、収納し直す。そして、トリガーを引いた。

「こいつの本領は、ここからだ」

 砲弾が一発、壁を貫いた。十二枚目でようやく停止する。すると、破壊された壁の一部が収束し、まったく同じ形の砲弾となった。鏡で光を反射するかのように、寝返った砲弾は元の軌跡をたどる。速度も威力も、そのままに。

「この防御壁は受けた攻撃を再現する。九十九・九パーセントの精度でな。手前で手前の尻を齧るようなものだ。存分に味わいやがれ」

 弾丸の横雨はひるがえり、槍だろうと刃だろうと関係ない。全てが元来た方向へと戻っていく。

「普通の軍隊なら、これで壊滅だ」

 だが、そんなわけがない。

 攻撃が単調で、妙に動きが嘘臭い。忘れてはいけない。機操剣はゼルだけの専売特許ではない。

 向こうも、機導式を使っている。

「最初の一幕は〝お相子〟ってことでいいのか? 《幽玄の泥狐》様よ」

 返事は、自嘲と皮肉で濁った男の声だった。

「久しぶりだな《墓標の黒金》。会えて嬉しいと、私は万感を込めて喜ぼう」

 薄闇の向こうから人影が一つ。

 なにも、特別ではなかった。

 中肉中背の肢体を包むのは鈍色の甲冑だった。中世の時代からずっと、取り残されたかのように。機操剣は鞘に収めたまま、背中に吊るしている。あの日からなにも変わらない。あの時からまるで違わない。だからこそ、男の異様さはいつまで経っても消えてくれないのか。

「今は《九音の鐘》の隊長か、随分と出世したじゃねえか、バグル・コレンスターレ。言ってくれれば、お祝いの花でも用意したんだけどな」

 それが当然だと。ゼルは挨拶代わりと拳銃を引き抜き、バグルの脳天を狙って全弾六発をぶっ放す。しかし、大口径の鉛玉は鎧の表面でわずかに火花を散らすだけで、弾かれてしまう。

「相変わらず硬いな、それ。活発的な引き籠りっていうのも厄介だよ。とっとと顔を見せろ。どうせ、笑っているんだろうが」

 ゼルは機操剣を地面から抜いた。中段に構え、深く腰を落とす。全身の覇気が膨れ上がっていく。

「答えろ。どうして、いまさらになって俺を狙う? 俺を倒したところで、お前達にどんなメリットがあるんだ? それと、フレンジュを組織から抜けさせろ。無論、無事に、なに一つ傷付けずに」

 バグルが甲冑を軋ませながら首の位置を変える。

 視線の先は、ゼルの背後だった。

 フレンジュが、恐怖で身を強張らせる。

「組織を裏切るか、フレンジュ。私は深き落胆を隠せない」

「とっとと俺の質問に答えろ、馬鹿野郎」

 ゼルが地面を蹴った。落ちるような速度でバグルに迫り、さらなる踏み込みと同時に横薙ぎの一撃を放つ。

 大砲と大砲が激突するような音が夜闇を叩いた。

 ゼルの刃を、バグルは右腕の拳で防いだのだ。

「機操剣を使った強化外骨格、か。昔から変わんねえとは芸がねえな。ちょっとは成長した姿ってものを見せたらどうだ?」

 元・同じ組織として、バグルの手は知り尽くしている。生身の運動能力を数十倍まで引き上げる強化外骨格は攻撃と防御を両立させる厄介な機導式だ。それでも、ゼルは負ける気がしなかった。

 機操剣の演算能力には限界がある。これだけ重厚な強化外骨格になると、処理が一点に集中してしまう。ゆえに、他の機導式が使えなくなるのだ。いくら身体能力に長けていようが、戦術が一辺倒ならば付け入る隙はいくらでもある。バグルの戦いは酷く消極的だ。徹底的に相手のミスを誘う戦法は、その実、甘さが多すぎる。

 一方、ゼルは近・中・遠の距離を選ばない。そもそも、向こうの方が強ければ組織から抜ける前に殺されていた。今日までバグルが手を出さなかったのも、そのためだ。逆を言えば、今頃になって手を出してきたのは、なにか勝算があるゆえか。

 面頬を下げたバグルの顔はなにも見えない。その奥でどんな表情なのか、いつものように笑っているのか。

 ゼルがトリガーへと指をかけた刹那、バグルが空いている左手の拳を握った。腕鎧に一瞬亀裂が走り、殺意が内側から滲み出る。

 背筋に冷たい汗が噴き出す。ゼルは身を反転させ、横へと跳んだ。だというのに、バグルの拳は眼前に迫る。距離を食べられて半秒、火竜小唄の切っ先が地面を削る。砂糖菓子のごとく機錬種の破片が散った。

 ゼルの身体が、盛大に吹っ飛ぶ。

 そのまま、瓦礫の山へと落下した。爆発を受けたかのように朦々と粉塵が立ち込める。フレンジュの悲鳴が絹を裂いた。

 分厚い粉塵が縦一文字に両断される。内側から巻き起こった風にあおられ、大気へと溶けながら霧散した。

 中心に立つのは、火竜の叫びを聞く男、ゼル。

 口の端に滲んだ血を親指で拭う。

「まさか、こちらがなにも対抗策を持っていないと想ったか? 私は寒々しい嘲弄を感じよう」

 見間違いじゃない。バグルの強化外骨格が二回り以上も巨大化していた。当然、四肢も強化されている。

 機導式の強化。高等技法である増幅機導式か。いや、これは。

 ゼルは機操剣を下段に構え、鍔を回す。

「高位解析機関はMガルンボルグM一八八八にSビュールビレー七式が六つ。蒸気機関は中型六気筒のガスジンリの猛火。刀身は杭に似た刺突用の風虎咆哮。……で、その見慣れないパーツは一体、なんだ? まさか、最新の鉱石ラジオってわけじゃねえだろう?」

「これこそ、私が得た新しい力〝愚照の青炎〟。お前には万に一つの勝ち目もない。私は歓喜と憤怒の炎を燃え上がらせる」

 バグルの剛腕が地面を掴んだ。農夫が大根でも引っこ抜くような気安さで、ずるりとそれを取り出す。

 多銃身式連発銃。それも、レインの物と比べてもかなりの大口径だ。機導式の展開速度が速すぎる。あれだけの強化外骨格を維持したまま、並列で行使するというのか。確かに高等技法の中には並列機導式が存在する。だが、あれは違う。根本的な部分でなにかがおかしい。まるで桁違いだ。

 束ねられた銃身が高速で回転していく。

「なめんじゃねえぞ、卑怯者が」

 ゼルの身体が宙に浮く。

 機操剣の刀身に細長いワイヤーが絡み付いていた。機錬種の配列が強靭な伸縮性と柔軟性を生み、それを自在に伸縮させるのだ。

 弾丸の横雨がゼルの真下を通る。

 バグルが瞬時に腕を動かし、銃口の角度を変えた。

 ゼルはさらにアンカー付きのワイヤーを放つ。大地へと突き刺さり、収縮、対照的に加速する。

 立体的な動きを前に、直線的な攻撃しか出来ない弾丸は不利だ。ゼルの強さは単純な火力や暴力の範囲ではない。瞬時に敵の戦法へ対処する思考能力にあった。

 機導式は無限に展開出来るわけではない。規模が大きいほど、威力が高いほど、形が複雑であるほど、限界活動時間は短くなる。あれだけのモノならば、五分と続かないはずだ。ならば、まずは向こうの戦力を削る。

 だが、砂を噛むような違和感がある。ただのゴリ押しでは通用しないとバグルは知っているはずだ。

 ここから先に、なにを見せる?

 まさか、フレンジュを狙うつもりか。さっき展開した防御用機導式はまだ続いている。弾丸の嵐だろうと、防ぎきれる自信があった。

 なにより、向こうを攻撃すればその瞬間にこっちが襲い返す。

 ゼルの戦法は、間違っていない。

 これまでのバグルと同じだったならば。

「お前は」

 甲冑の奥から、濁った声がする。

 バグルの感情が、爆発した。

「お前はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

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