第五章 ④


 子羊のロースト、ブルーベリーソース和え。

 兎の肩肉、帝国北東の郷土風野草煮込み。

 鵯の丸ごと揚げ、フレッシュチーズ乗せ。

 ヤマシギのミンチボールグラタン。

 ベーコンとホウレン草のスープパスタ。

 ヤツメウナギのブツ切り、蜂蜜魚醤山椒炒め。

 ライ麦パンとスモークサーモンのサンドウィッチ。

 果物各種。

 そして、酒に酒に酒と酒、やっぱり酒。

「すまん、フレンジュ。もっと小洒落た物静かで良い雰囲気の店に行く予定だったのに」

 テーブルに額を打ち付けん勢いでゼルが謝った。相手の肉親を車で跳ね飛ばしたとしても、もうちょっと慎ましいほどに。

 この世の終わりだって、今のゼルにとっては些末事だ。

「もう謝るのはよしてください。それにほら、私、こういう店も素敵だと想いますよ。ほら、せっかくの料理が冷めちゃいますからいただきましょう」

 クレア・シュレデンスの魔狼。店長自らが狩りに出かけて食材を調達することで有名な料理店だ。

 料理の大半が酒の肴用に味付けされ、客層も酒好きが多い。値段も手頃で、庶民向けの場所だ。

 祭り時期とあって、外にもテーブルを出すほど大勢の客が押し寄せた。

 ゼルのエスコートプランが途絶えた。ジャルカスもダルメイクも満員だった。それでもゼルは諦めなかった。パンフレットを破る勢いで目を通すも、運命の女神があまりにも残酷だった。やれ夫婦喧嘩しただの飼い猫が帰って来ないだの、今日はヘアスタイルが決まらないだの、他の案も駄目駄目駄目。

 結果、この店になった。

 店の雰囲気は、大衆居酒屋と相違なかった。違う。俺はもっと、こう、素敵な場所にフレンジュを案内したかったのに。

「ゼルさんは、前にこの店へ訪れたことがあるんですか?」

「ああ。ここは安くて美味いからな。……けっして、君に金を使いたくないって揶揄じゃなくて」

「だーかーらー。そんなに気にしないでください」

 フレンジュの気遣いが心に染みる。ゼルは傷付いた心を癒すために鵯の丸ごとに揚げに手を伸ばす。

手の平に乗る程度の小鳥がこんがり狐色だ。豪快に噛むと、小骨が砕ける小気味良い音が歯の奥に伝わった。じっくりと揚げられているから、骨まで食べられる。肉質はしっとりと柔らかく、少ない脂肪をフレッシュチーズが補っていた。

 今度はフォークを握ってヤツメウナギを突き刺す。とろりとしたソースがこぼれぬうちに口へ運ぶ。

 肉というよりも内臓に近いコリコリした食感だ。何度も噛んでいると、奥から染み出た味がソースと合わさってより美味さを増す。

 ライ麦パンとスモークサーモンのサンドウィッチを手に取る。大きめのそれをさらに半分に折り、口内へ押し込む。

 ライ麦のかすかな酸味と苦味が舌の上に乗る。やや遅れ、厚めに切られたスモークサーモンの塩気が解放されていく。一度茹でた刻んだ玉葱を酢に漬けた物が一緒に挟まれていた。味に変化が加わり、美味い。

「ゼルさんの食事って、なんかこう雑ですよね」

 フレンジュがフォークでグラタンをすくいながら言った。

「ここが高級レストランなら、貴族顔負けのテーブルマナーを披露するんだけどな。ただ、場所には場所の流儀ってものがある」

 穀物感の強いエールを流し入れ、ゼルはニヤリと笑った。子羊のローストに、ガリガリと胡椒を振りかける。

「このままだと、あっと言う間になくなっちゃいそうですね」

「大丈夫。今が稼ぎ時なんだ。店だって、地下の食糧庫にたんまりと食材を押し込んでいるはずだぜ。そこの綺麗な店員さん、鴨肉のピザと牛肉の特大ステーキを追加だ。それと、これは心ばかりに。良い酒でも飲んでくれ」

 ゼルが、若い女性店員にチップを渡した。相場よりも、三倍は多い。店員が足取り軽く厨房へと向かった。

「……あの子のお尻を見ていたように見えたのは、私の目の錯覚ということにしてあげます」

 脳天に小さな稲妻一つ。

 しまった、一瞬フレンジュのことを忘れていた。

 フレンジュが、険しい双眸でジーっとこちらを見詰めてくる。ゼルの背中に、冷たい汗が滲んだ。

「ゼルさん」

「は、はい」

 固まるゼルへ、フレンジュが小さな声で言う。

「私、この手長海老のフライを食べたいのですが」

 少々、照れ臭そうな表情にゼルは眉間を槍で貫かれた気分だった。

「ちなみに、味付けは」

「私の宗教では手長海老のフライは塩とレモンで食べないと祟られます。末代まで」

 ゼルは、心臓を杭で貫かれた想いだった。

「よし、俺も改宗しよう。そこの黒髪が魅力的な店員さん。手長海老のフライをバケツ一杯、大至急に」

 肩から外れそうな勢いで手を振るゼルの姿に、フレンジュが苦笑したのだった。

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