第五章 ②
十分か二十分か。辺りは随分と静かになった。ゼルは機操剣を地面に突き刺し、何本目かの煙草を吸い直す。
「もう、お終いでいいか?」
ゼルの目の前には、オデイルがいた。両膝を地面につき、がっくりとうなだれている。
地面に転がった機操剣は刃が折れていた。半分になった刀身が虚しく転がっている。
「もうちょっと、もうちょっとだったのに、畜生! 畜生!」
「人生なんて、そんなものだ。指先まで引っかかるんだよ。……そして、こぼれ落ちる。欲しかったモノは、滑り落ちるんだ」
ゼルは煙草を咥えたまま言葉を続ける。
「最初の一発、あれは誰の仕業だ?」
「……なに?」
「展望台で俺を狙撃した奴だよ。手前らじゃねえだろう。あれはいったい、誰の仕業だ?」
ゼルの問いに、オデイルは心底信じられないと首を横に振る。
「し、知らん。我々はある男からお前と、あの女を抹殺する契約で監獄船から出ることを許されたのだ。それ以外のことは知らん」
「じゃあ、手前らに機操剣を渡した連中も〝ある男〟か。どんな奴だ? 歳は体格は髪型は目の色は人種は。覚えていることを全部話せ。そうすれば、手前だけは生かしておいてやる。監獄船に、引き渡すけどな」
オデイルが、力なく笑った。脱獄囚が戻って来れば、さらに重い刑が待っている。帝国、とりわけラバエルは罪に対し罰が重い。一生、冷たく暗い牢獄から出られないだろう。
「ここで死んだ方が、部下に面目が立つかもしれんな」
「止めておけ。俺は人の口を開けさせるのが得意でね。胡桃みたいに硬くても開けてやる。骨を、砕いてもな。素直に話した方が、双方のためだと俺は想うよ」
オデイルが、奥歯を強く噛んだ。ややあって、ふっと身体から力が抜けていく。
「顔はフードを深く被っていたから分からん。身長は我とそこまで変わらない。細身だったと、想う。声も、少なくとも老いているような声ではない」
「他に、なにか特徴は? 死ぬ気で想い出してみろ。なんかもう、そのくらいなら心当たりが多すぎて絞れねえ」
「お前、どんな人生を歩んでいるんだ」
悪党から呆れられた。
「こんな人生だよ」
叶うものなら、美女に追われるような人生が良い。なんかもう、街を歩くだけで婚約を迫られる方向の。
「ほら、もうちょっと頭の歯車を回せ。思考の限界に挑め。大丈夫、お前らいける、頑張れ」
ゼルが機操剣の切っ先をオデイルに向ける。周りには、元・
「特徴、特徴、特徴、なにか、その、なにか、あ……そうだ、匂いだ。妙な匂いがした。香水か煙草か、変わった匂いだった」
「どんな匂いだ?」
「菓子に似た、少し甘く、あれは、そう、シナモンの――」
――銃声がオデイルの頭部を駆け抜けた。
オデイルの右側頭部から左頬へと弾丸が突き抜けた。衝撃で砕けた頭蓋骨の欠片と脳漿が飛び散る。
上半身が倒れ、二度と起き上がりはしなかった。痙攣すらしない。運動神経を司る脳幹を一撃で破壊された証拠だった。
それだけの技量を持った敵に狙われている。
ゼルの判断は一瞬だった。機操剣を地面に突き刺しトリガーを引こうとする。しかし、敵の方が半歩速かった。
新たな銃声が、ゼルの腹部に突き刺さった。
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