第五章 ①
行動はいつもと同じだった。
ゼルは機操剣のトリガーを引いた。演算は、ここに来るまでに済ましている。瞬時に、機導式が再現されていく。
フレンジュの周囲、地面から六角形の装甲が伸びた。亀の甲羅のごとく並び、組み合わさり、半球状の檻を形成する。
「それが、君を護ってくれる。男の無粋な戦いを、美女に見せるわけにはいかないからな」
ゼルはコートの内ポケットから煙草の箱を取り出した。
一本引き抜き、口に咥える。
そして、機操剣へと顔を近付けた。
コークスを轟々と燃やす火室の扉を少しだけ開ける。
小さな音と共に煙草の先端へと火が移った。
胸一杯に吸い込み、深く味わいながら吐き出す。
「美味い。半日振りの煙草だ。最近じゃ、新記録の禁煙具合だな」
煙草は、昔から〝クイーンエスコート〟と決めている。紙巻で、味はローストしたナッツとカラメルに似た甘さだ。
これがブランデーと良く合う。
「さあて、行くか」
眼前に巨大な鉄槌が迫る。機械巨兵が拳を振り下ろしたのだ。たったそれだけでも質量が違う、硬度が違う。古き時代の城ならば、砂糖菓子のごとく城壁を崩されるだろう。
ゼルは鍔を回し、トリガーを引いた。ゼルの前方、足元から防御壁が伸びる。ムーシャの必殺を防いだ機導式と同じだった。
激突にすらならなかった。機械巨兵の拳は枯葉のごとく防御壁を貫通し、ゼルへと迫った。
ゼルは真横へと跳んだ。目標を失った機械巨兵の拳が、地面に突き刺さる。大地が揺れ、深々と亀裂が走った。あんなもの、当たれば人間などミンチ肉の生焼けハンバーグだ。
流石に、当たるわけにはいかない。ゼルは別の機導式を選択し、トリガーを引いた。投槍が数条展開され、射出する。しかし、機械巨兵は軽く手を振っただけで易々と弾き返した。人間を殺すはずの機導式が、化け物の前ではコバエ程度の扱いだった。
「くくくく。ふははははっははははは! どうした《墓標の黒金》よ。お前の力はその程度なのか!? もっと足掻け! もっともがいてみせろ! そして無様に死ぬがいい!」
狂喜狂乱するオデイルに対し、ゼルは煙草を吸ったまま口を開かない。たまに吸うならパイプも捨てがたいが、あれは重くて戦場には持って行けない。刻んだ煙草を煙草の葉で包む葉巻は、濃厚な美味さがあるものの基本的に吸いきるまでの時間が長い。よって、戦場に適したのは紙巻だと想う。
黙ったままのゼルに、オデイルが下顎と鼻の穴を歪めるほどに怒りを爆発させた。
「なにか返事を、しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……いや、そう言われてもな。もう、終わりだからな」
オデイルの顔から一瞬、表情が抜けた。
機械巨兵の身体が大きく傾いたのだ。地面が陥没し、下半身が完全に埋まってしまう。
オデイルの口が、今にも顎を外さんばかりに驚愕を示した。
「ななななな、なん、なんで」
「俺がフレンジュを護るために展開した防御壁は地面の機錬種から引っこ抜いたものだ。質量保存の法則が崩れない以上。そこには空間が生まれる。まあ、落とし穴ってことだな」
機械巨兵がもがくも、一向に脱出出来ない。自身の重量が仇となり、抜けられないのだ。
「《魔神召喚》は『上が一割、下が九割』ってコツがある。地面も強化しておかねえと、簡単に対処されるってことだ」
煙草を吸いながら、ゼルは語る。オデイルは、硬直したままだった。
「大きな力を得ても、使いこなせないと意味がない。その機操剣は、手前らにとっちゃ豚に真珠、猫に小判、蛙に錦なんだよ。これだったら、慣れた武器で隊列を組んだ方がまだ手こずっただろうぜ。二年前みたいに」
大きな力は派手で、大雑把だ。対処方法など、いくらでも見付かる。あるいは、フレンジュの護りと機械巨兵の対処を両立させたゼルの機導式こそ、オデイルにとっての誤算だったか。
「な、ならば、お前を直接叩くまでよ! 撃て! どうした、撃て、撃つんだ! 奴を殺せぇえええええええええええええええええええええ!!」
オデイルの絶叫に、部下達が反応する。次々とトリガーを引き、機導式を発動する。槍や矢、刃が乱舞しゼルを襲う。
「だから、もう終わっていると言ったんだけどな」
ゼルの足が地面を蹴った。たったそれだけで、全てが片付いた。敵の攻撃が空を切る。何十人と攻撃しているのに、当たらない。
有り得ない。ゼルは、巨大な機操剣を握ったままだ。なのに、なにも持っていないときよりもあきらかに速いのだ。
「重心移動の問題だ。俺が機操剣を運ぶんじゃない。機操剣が俺を前に引っ張るんだ。コツを掴むと、意外と簡単だぞ」
敵は、ちゃんとゼルの言葉を聞いていたか。すでに、首がなかった。火竜小唄の刀身に、血がわずかに付着していた。
もう、斬った後だった。
「あのとき手前らを生かしたのは、銀行側とグルだったからだ。庶民が預けた金を勝手に使い、空の金庫を襲撃させた銀行側の人間を裁判所に立たせるために、命を残す必要があった。だけど、今は違うよな?」
さらに踏み込む。敵がゼルに切りかかるも、一歩遅い。機操剣ごと脳天から股下まで真っ直ぐに両断された。
「悪いが、フレンジュにまで手を出すようなら容赦しない。手前ら纏めて、あの世に送ってやるよ。代金は取らねえから感謝しろ」
機械巨兵の腕が軋んだ。装甲が剥がれ、筋肉代わりのバネが千切れる。
集団による戦闘の弱点は、役割分担による効率化の弊害だ。一部が乱れてしまえば、全体に影響が及ぶ。
機械巨兵で勝てると確信していたからこそ、次の手段が頭に浮かばない。
ほとんど棒立ちのまま一人、また一人と敵を斬り捨てる。
ゼルは走りながら機操剣を下段に構えた。切っ先で地面を削りながらトリガーを引く。投槍の群が敵の脳天を貫き、心臓を抉り、腹部に穴を開ける。
「複数の機導式を同時に発動するのは困難だ。機械巨兵に大半の演算能力を割いている以上、攻撃も防御も生温い」
火竜小唄の刃が地面から跳ね上がる。
敵が両腕を切断され、地面に転がった。血の飛沫を止めようとするも、叶わない。芋虫のごとくもがき苦しむだけだった。
繰り返しだった。
あるいは、一方的だった。
ゼルに攻撃は当たらない、届かない。なのに、ゼルの攻撃は防げない、避けられない。まるで立っている場所が違うかのように。
オデイルが、顔を蒼白にして叫んだ。
「なんだ、なんだお前は!? なんなんだお前は!」
分からぬなら、教えてやろう。
「ゼル・クランベル。手前みたいな連中から街を護るのが仕事だ。だからこそ容赦しない。悪党になめられちゃおしまいだからな」
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