第四章 ④
「ならば受けてみろ! 我が怒りを! 我々の増悪を! その驕り、冥府の氷谷で苦しみながら後悔するんだな!」
オデイルが右腕を天に突き出す。それが合図となった。全ての猟華黒狼連合の部下達が一斉に機操剣を地面に突き刺す。
周囲の《機錬種》が産声を上げた。
地面がめくれ上がる。屋根が砕ける。そして一点、オデイルの元へと集約していく。大気の対流が嵐と化すように。
歯車が生まれ、気筒が伸び、装甲が組み立てられていく。大小様々な機械部品が構築され、合体していくのだ。
オデイル達が再現したのは、軍事工場だった。
高等技法に数えられる複合機導式。数人で役割分担することで数多の工程を同時におこない、難度を下げる。並みの技量でも十人合わされば上級機導式が扱える。四十人以上それも同じ機操剣ならば、さらに威力は増大する。帝国全土でも片手の指しかいない七階位の機導使いにさえ届く。
ゼルは、身長十メートルを超えてしまった黒灰色の機械巨兵を見上げ、口笛を吹く。
「見たことのない機導式だ。お前ら、成長したな。あのときは、三メートルちょっとが限界だったのに」
全身を装甲で覆い、四肢を巨木のごとく肥えさせた機械巨兵が、寸胴鍋に赤い硝子玉をはめ込んだような頭部を下に向ける。
見下ろされた。きっと、目が合った。
オデイルが、笑いが止まらないとばかりに口を大きく開ける。そろそろ、顎が外れそうだった。
「くくくく。ふははっははははははっははは!! 見たか。これが我々の切り札、特級機導式を〝模倣〟した疑似的な《魔神召喚》よ! この巨人の戦闘能力は、帝国の最新式重戦車の二十台分に相当する。いくらお前が相手でも敵うわけがない! さあ、跪け! 命乞いをしろ!」
「……あのときの手前みたいに、みっともなく失禁して鼻水と涙で顔をグシャグシャにしてか?」
「減らず口、二度と利けなくしてやる!」
機械巨兵が、その図体からは信じられない速度で脚を動かす。たった一歩の踏み込みで大地が砕けた。
「フレンジュ、一つ頼みがある。そこから、一歩も動かないでくれ」
「えっ? だ、だって」
フレンジュが困惑するにも、無理はない。ただ、細かく説明している暇はなかった。ゼルは機操剣の柄を逆手に握り直す。
「どうか、俺を信じてくれ。それと、煙草を一本だけ吸う許可を貰いたい。どうも、このままだと調子が出ない」
ゼルが喋る間にも、機械巨兵が接近する。
オデイルの作戦は、ほぼ完璧だった。いくらゼルでも、フレンジュを庇ったままでは全力で戦えない。
誤算があるとすれば、月日への理解か。
しかし、変化とは個人の特権ではない。
自分達が強くなったからと、ゼルは二年前のままである道理はないのに。
ゼルは機操剣の柄を両手で握った。片膝をつき地面に押し込める。絶望を打開するため、明るい未来へと続く鍵よ開けと。
「フレンジュ」
「わ、分かった! 煙草でもパイプでもいいから吸って! あと、私、絶対にここから動きませんから!」
ゼルの唇、両端が吊り上がる。獰猛な笑みを作る。
「……ああ。これで条件が全部そろった」
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