第四章 ③
前方に、数人の仲間を引き連れた男が立っていた。ゼルがなにも言わないでいると、また男の方から口を開く。
「驚きのあまり、言葉も出ないか。くくくく。それはそうだろう。我も、まさかこんなカタチで出会うとは想わ」
「いや、お前誰だっけ。フレンジュ、知ってるか?」
「私、人種差別はしない主義ですけど、喋る案山子と知り合いになった覚えはありませんよ」
ゼル達の反応に、男が額に青筋を浮かべた。なんともわかりやすい怒りの表れだったから、ちょっと面白い。
「我が名は、我が名は! オデイル・バグスレブ。偉大なる
オデイルと名乗った男が、唾を飛ばしながら叫ぶ。
何度か脳内で反芻し、ゼルはやっと想い出す。
「ああ、あのグレメンズ銀行を襲撃しようとして失敗した連中か。いつ監獄船から出所したんだ? 今日はなんだ? 同窓会か?」
改めて、敵を見る。
歳は四十歳後半程度か。背はそこまで高くない代わりに、肩幅が大きい。赤みがかった金色の髪を、額を出すようにして頭の後ろで纏めている。肌は白く、双眸は鼠色だ。より正確にいうと溝鼠の体毛と同じだった。
他の連中と同じく、黒い服に軽鎧を合わせている。腰に吊るす機操剣も同じ、爆ぜる風バレウスだ。
「ゼルさん、知っているんですか?」
「昔、昼飯の帰りにぶっ倒した連中だよ。いや、それにしても懐かしい。その顎髭、昔よりちょっと濃いか? あんときは手前も運がなかったな」
ゼルの口調は軽かった。ただし、油断や慢心ではない。
安心だった。
「多分、俺への復讐だろう? だったら、フレンジュは関係ないよな。じゃあ、悪いんだけどフレンジュをレストランまで案内してもいいか。そのあと、男同士でじっくり語り合おうぜ」
ゼルの提案に、オデイルは顎髭を揺らしながら嘲弄の笑みを浮かべた。男が指を鳴らすと、四方から敵が姿を現す。地面、建物の屋根、その数視界に入るだけでも四十以上。騎士団の一個小隊並みだった。
「くくくく。ふははっはっはっは! 残念だったな、その女も討たねばならぬ。恨みはないが、これも契約よ。だが、好都合だ。我が望みはきさまを倒すこと。ならば、どんな手だろうとも使うまでよ。その女を護りながら、これだけの軍勢を相手にどうやって勝つというんだ!?」
ゼルの首が傾く。一つ、頷く。
「フレンジュ」
「は、はい」
ゼルに名前を呼ばれ、フレンジュが背筋を伸ばした。ゼルの表情は、フレンジュへの申し訳なさでいっぱいだった。
「悪いが、レストランに間に合いそうもない。あそこ、すぐに行かないと満員になるんだ。だから、別の場所でも許してくれないか?」
これだけの大群に囲まれ、ゼルは攻撃の手段を整えるよりも先に、フレンジュへの謝罪を選んだ。
目を点にしたのは、フレンジュだけではない。
オデイルも、我が目を疑っていた。
「しかし、安心してくれ。こんなこともあろうかと、店の候補は他にも用意している。熱々で激辛の料理が自慢の創作料理屋〝ジャルカス〟に、新鮮な魚介類とパスタが絶品の移動式要塞食堂〝ダルメイク〟。君の希望に合わせて、俺はどんな料理も選べられる」
ゼルの眼中に、敵の姿は一人も入っていなかった。
ただ一人、フレンジュのためだけにゼルは身を焦がす。
「ふざけるな!」
オデイルが黙っていなかった。
「これだけの数を相手に飯の心配だと? 我を侮るのもいい加減にしろ。二年前と同じだと想うな。お前の弱点はすでに知り尽くしている」
「……それが、どうした?」
「なんだと?」
「それが、俺の敗因に繋がるのかと聞いているんだ」
ゼルの双眸は、フレンジュに向けたモノと逆転していた。恐ろしく冷たく、人間らしい光が致命的なまでに欠けている。
「そりゃあ、この数だ。強いだろうな。けど、生憎と俺は一度勝っている。それだけで、俺は事足りた。上手いこと加減する選択肢もあった。……お前は、言っちゃいけないことを言った。だから、もうこの話は終わりなんだ」
ゼルの背中に、フレンジュは唾を飲み込んだ。
人のカタチを保ったまま、芯が変わった。根っこが変わった。ゼル・クランベルを構成する底の部分が変貌を遂げてしまった。怒りならば、まだまともだったか。恨み辛みならば、まだ安心出来たか。
ゼルの顔から表情が抜け落ちる。まるで機械のように。感情は闇の底へ沈み、戦意が余計な要素の浮上を許さない。
「俺が、お前達の〝墓標〟だ」
それは皮肉にも、二年前に言ったのとまったく同じ台詞だった。
「
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