第四章 ②


 祭り当日、竜巣迷路地区も例外なく喧騒に包まれていた。そこら中に多種多様な人種が溢れ返っている。

「まるで、工場の中みたいですね」

 フレンジュの言葉を、ゼルがすかさず拾う。

「そりゃあ、ここら辺は工場だからな」

 ゼル達が歩くのは、会話通り工場の内部だった。それも、金属加工関係の。大型のプレス機や研磨機、旋盤などの工作機械が引っ切り無しに稼働している。

 ただし、どれも自動化されていた。肝心の人間は辺りで酒盛りをしている。こんなところにも、屋台が商売根性全開で集結したのだ。

「ここは、どんな場所なんですか?」

「竜巣迷路地区をメンテナンスするための部品を作る工場だよ。それも、一定の社員が存在しない。依頼を受けた連中が部品を受け取って故障個所を直すのさ。俺も、昔に何度か手伝ったことがあるぜ。俺の身長よりもでかいボルトを必死に背負ったよ。腰が抜けるかと想った。運ぶ場所が飛行船と同じ高さって聞かされたときは度肝が抜けたよ」

 周囲に隠れている殺気の類はない。皆が楽しそうに酒を酌み交わしていた。こんな日に襲撃とは、つくづくついていない。

 フレンジュが、火花を散らして削られる金属の音に身をすくめる。

「ああいったものこそ機錬種を使うべきでは?」

「街の全てを機錬種にするわけにはいかない。機操剣で干渉出来る以上、やたらとカタチを変えられたら面倒だからな」

 家の柱を勝手に抜かれたら大事故に繋がってしまう。都市の法律で『機導式で変形させたモノはちゃんと元に戻せ』と定められているものの、ゴミのポイ捨てと同じだ。律義に守られるわけがない。

「ここを抜けると、少し開いた場所に出る。そうしたら」

 ゼルが、外へと続く扉を蹴飛ばし、刃風が吹き荒れた。

 扉から出たゼル達を襲ったのは、黒い格好の男が数人、それも機操剣持ちだった。細身の刃が三方向から振り下ろされる。

 ゼルはフレンジュの腰に左腕を回す。軽々と持ち上げ、前方へと大きく踏み込む。左右から迫る刃を避けた。さらに、こちらも機操剣を振るう。横薙ぎの一撃は三人の敵が振るった三本の刃を纏めて弾き返した。

 振り返り、機操剣を床に突き刺す。片手のまま器用に鍔を回して保存済みの機導式を選択、トリガーを引く。

 先に攻撃を避けられて挟撃に失敗した四人の男が瞠目した。ゼルを切り裂くことが叶わなかった刃は床に突き立てられていた。敵も、機導式を使うつもりだった。誤算だったのは、ゼルの方が早かった一点のみ。

「お前ら、最初から攻撃を当てるつもりがなかっただろう。そういう連中の刃は、軌跡が甘ったるい。蜂蜜塗りたくったバタートーストみてえにな」

 振り返る時間を縮めたのは、これまでの戦闘経験に他ならない。ゼルが積み上げた実績の前に、敵は数秒の隙を稼ぐことさえ許されなかったのだ。

 ゼルの足元で機錬種が蠢く。形成されたのは鎖だった。毒蛇のごとく鎌首をもたげ、敵へと殺到する。無論、背後からゼルを斬ろうとした残りの連中にも同様に。

 機操剣ごと腕を縛り、そのまま地面へと叩き付ける。木槌で新鮮な林檎を砕くかのような瑞々しい音が重く響く。フレンジュが反射的に目を閉じた。

「大丈夫、殺しちゃいない。ちょっとばかし、気絶してもらっただけだよ。頬の骨が砕けているから、当分はオートミールも食えねえだろうけど」

「あの、ゼルさん」

「ん? 愛の告白か?」

「いえ、降ろしてくれませんか?」

 ゼルが首を傾げ、納得、フレンジュを地面に降ろす。フレンジュが乱れた服や髪を手で直していく。顔は、風呂上がりのように紅潮していた。

 そんな光景を、ゼルは無言で凝視した。狙撃手のように、狩人のように、あるいはただの変態のように。

 ゼルは悔やみつつも視線を地面に落とす。そこには、気絶した敵が握っている機操剣が一振りあった。

「完成品の〝爆ぜる風バレウス〟だ。各メーカーが事前に用意された設計図を基に制作された機操剣だ」

「つまり、どういうことですか?」

「こいつは半年前に出たばかりの新商品だ。そこらのゴロツキが買うには、値段が張る。なにせ、これ一振りで新品の蒸気自動車が一台買えちまうからな。なのに、使う連中の実力はゴロツキ風情。最近の不良は金回りが良い……ってわけじゃねえだろうな」

 おそらくは、雇われたのだ。ならば、誰に雇われた。

 ゼルの疑問に答えたのは、複数の足音に混ざった男の声だった。

「くくくく。やはり、この程度では《墓標の黒金》には傷を与えられぬか。だが、それでこそ我が悲願は実を結ぶ」


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