第三章 ④


 話が弾んだ。

 それこそ、ゴム毬のように。

「で、俺はそいつに言ったんだ。『それじゃあ、ピーナッツバターと変わらねえじゃねえか』って。すると、そいつは得意気に言った。『こっちは火が通っているが、手前は生煮えだろう』と。だから、俺はすかさずこう言い返した。『お前、それ皇帝の前で同じこと言えんのか?』ってな」

「ふふふ。旧カレオンの異教徒ってわけじゃないのに、随分と野菜嫌いなんですね。トマトはスープにすると、とても美味しいのに」

「胡椒をペッパーミルで磨り潰す文化をしらねえのさ。連中にとっちゃ、本物の金貨と紙粘土の区別もついていない」

「だったら、共和国の聖乙女の七と三分の一クレセント銀貨は?」

 フレンジュの言葉に、ゼルは口を閉じる。

 ゼルを見詰め、フレンジュも口を閉じる。

 そして、

「「大変申し訳ございませんが、お釣りは出せません」」

 ゼルもフレンジュも噴き出した。展望台に、笑い声が反響する。祭りの喧騒が、嘘であるかのように。

「ゼルさんって、面白い人ですね」

「美女を飽きさせるようでは男の恥だからな。フレンジュも、こういう話が分かるみたいで嬉しいよ」

「ゼルさんは女性を美化しすぎですよ。私だって、たまにはくだらないジョークを言いたくなるときもあります」

 そういう女性は魅力的だと、ゼルは何度も頷く。

「では、お茶も済んだところでそろそろ祭りに戻ろうか。今からだと、クレックレンドの喜劇に十分間に合う」

「けど、ここからだと二駅は離れていますよ」

「ご心配なく。機導使いにだけ許された秘密通路がある。ここからなら、五分とかからない」

 乱れていた前髪に手櫛を入れ、ゼルが胸に手を当てる。

 目が『どうそご案内します』と、謡っていた。

「ゼルさんって、色々知っているんですね」

「その通り。というわけで、君のこともさらに知りたい」

「それは駄目です」

 神に見捨てられた賢者のごとく、ゼルは打ちひしがれた。あと一歩、フレンジュの心に跳び込みたい。

「フレンジュ。ちなみに、今日の夜の予定は? 具体的に言うと、夕食が終わったあとの時間は」

「とくに決めていませんけど?」

「だったら、誘いたいバーがあるんだ。ちょっと寂れているが、静かに飲むには打ってつけで、とくにカクテルの美味さが――」


 ――風切り音が、ゼルに突き刺さった。

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