第三章 ③

 やっぱり、失敗だったか。ゼルは口を開いてくれないフレンジュの姿に、胃の底が冷たくなるほどの後悔に襲われた。

 ちょっと驚かせるつもりだったのに、怖がらせてしまった。

「ゼルさん」

 教師に叱られる悪餓鬼のごとく、ゼルは身をすくませた。

 フレンジュが、こちらをジッと見詰める。

 そして、

「夕食は、どうしますか?」

「えっ?」

 なにを言ったのか、イマイチ理解出来なかった。

 すると、フレンジュが小さな溜め息を吐いた。呆れではなく、微苦笑の。

「だから、夕食はどうしますか? 屋台ですか? それとも、どこかのレストランでも利用しますか?」

「祭りの季節だと、レストラン〝白猫王国〟がおススメだな。帝国貴族のフルコースを庶民用に食べやすくアレンジしているんだ。とくに海老のグラタン風パイ包みが絶品だ。……だけど、えっと」

「随分と言葉の歯切れが悪くなりましたね。まるで、筋の多い安物の燻製肉みたいです。まあ、なにを言いたいのかは分かります。けど、どうか自分の言葉で言ってください。私はあなたのことをあまり多くは知りませんけど、あなたが想っているよりは話の分かる女であるつもりです」

 どんな強敵とも戦ってきたゼルが、目の前のフレンジュに気圧される。

 自然と、口が動いていた。

「その、怖がらせたと想って」

「自分のことを知ってもらいたいからと、調子に乗ったせいで?」

 言葉に質量と速度があるのなら、左胸を至近距離から撃たれた気分だった。それも、対物破壊用の狙撃銃で。

「あのねえ、ゼルさん。私はあなたに護衛を依頼したんですよ。あなたがどんな職業でどんな人間なのか知っています。《墓標の黒金》と呼ばれる機導使いは、世界であなた一人しかいないんですから」

 フレンジュが立ち上がり、一歩前に踏み出す。

「怖くないと言えば嘘になります。けれど、私は機械兵器と人間の区別がつかぬほど、汚れた眼鏡をかけているつもりはありません」

 今度は、頭を殴られた気分だった。

「ゼルさん。あなたは人間ですよ」

 ゼルの足元、偽りのラベンダーが乾いた砂のごとく崩れていく。それはたんに、機導式を受けた機錬種の限界活動時間が過ぎただけだ。こちらの心象など、まるで関係ない。

 それでもゼルは、胸の中でなにかが壊れた音がした。身体が軽くなった。随分と、足が楽になった。

 フレンジュが椅子に座り直す。

「ゼルさん。お茶が温くなってしまったので、お湯を沸かし直してくれませんか? その、素敵な焜炉で」

 頭の中から、呼吸の仕方が抜け落ちた。

 ゼルは奇病のごとく口を何度も動かし、やっと、

「よ、喜んで」

 と擦れた声で言ったのだった。


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