第三章 ②


「もしかして、フレンジュは機操剣のことをよく知らねえのか? だったら、俺が教えよう。こう見えても俺は人に教えるのが得意なんだぜ? 月謝が無駄に高い専門塾の次の次くらいには」

 ゼルは雑誌に『知的な男性は女性にモテる』と書かれていたことを想い出した。

 その数行後に『でも、無駄にベラベラ喋る男は鬱陶しいだけだから注意しろ』と書かれていたことはすっかり忘れていた。

「今から百年以上昔、一七八〇年に、帝国の科学者ジョセフ・グリージャルブが〝万有たる部品〟を開発した。組み合わせることで、大凡全ての機械を再現出来る。これは、完璧な物を作るためには完璧な手段が必要であると考えたからなんだ。機錬種が、全ての始まりだった」

 フレンジュの双眸へと直接、知識を流し入れるかのようにゼルは熱く語る。

「そして、一八三〇年。解析機関から発展した、高位解析機関が登場。開発したのは、グリージャルブ研究会から発展したリベンズ研究会。しかし、これは色々な説がある。まあ、ここは今でも学者達の間では討論の的でな。ともかく、だ。扱いが難しい機錬種を高位解析機関による演算で操作することが可能になり、帝国に革命が起こった。初等部の教科書では、第二次産業革命って呼ばれているな」

 それ以前までは、家のように大きな解析機関でも手の平に乗る程度の機錬種を操るのが限界だった。

 小型化、効率の爆発的な向上、まさに別次元だと高位解析機関の登場は帝国の仕組みを一変させた。

 交通、情報、医療、科学、工事、建築、そして軍事への転用が帝国議会で可決するまでそう時間がかからなかった。

「機操剣は機錬種を戦いに利用するための武器だ。そして、俺みたいな連中を機導使いと呼ぶ。世間じゃ、腹を空かした野良犬以上に怖がられている危険で厄介な動く爆弾だ」

 ゼルは今日三度目、機操剣を床に突き刺す。

 機操剣のトリガーを反対方向へ押す。内部で無数の歯車が躍動する。刃と鍔の間隙を生める蒸気機関と高位解析機関が一部の連結を解除、内側からタイプライターに似た機構が展開された。

 ゼルは大陸統一言語が並ぶキーへ指を走らせる。

 指先が凄まじい速さで次々とキーを叩いていく。

「けど、人の心は忘れちゃいない」

 打ち込まれるのは、機導式、すなわち機錬種を変形させるための設計図だ。十秒とかからずに完了、トリガーを引く。

 高位解析機関が駆動し、演算を開始する。機導式だけ完成しても意味がない。設計図を現実へと昇華させるために肉付けするのが高位解析機関の役目だ。

 演算が完了した機導式が刃を媒介にして床へと挿入され、床を構築する機錬種が構成を分解、再構築を開始した。刃を起点に放射状の亀裂が駆ける。平坦だった地面が盛り上がり、新たなる姿を現世へと結んだ。

 フレンジュが息をのむ。

 床を覆い尽くしたのは、季節外れのラベンダー畑。なにもなかったはずの場所に、鮮やかな紫の花が咲き誇る。

ただし、葉は揺れず、花弁は落ちず、匂いはない。全て機錬種から造られた偽りの花園だった。

だからこそ、ゼルが淹れたお茶から漂う香りだけは本物で。

「……どうか、分からないからと、知らないからと、怖がらないでほしい。俺だって、花を慈しむ余裕はあるさ」

 ゼルの声は、誰かに言い訳しているようにも聞こえた。


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