第10話 幽霊列車の謎
「うん、どうやら間違いないみたいだね」
沖さんはペロリと舌なめずりをすると、線路内に降り立ち、お札を構えた。
「あっ」
「沖さん、危ないですよ!」
そんな所にいたら轢かれちゃう――。
沖さんは私たちの心配をよそに、線路の真ん中でヒラヒラと手を振る。
「大丈夫、轢かれやしないから」
目の前に迫ってくる列車。
「沖さんっ!」
まばゆい光に飲まれる直前、沖さんが目の前の列車にお札を投げつけるのが見えた。
「狐火」
ボッ。
小さい音がして、列車に赤々と火が灯る。
ブレーキ音もなく、列車は急停車した。
「熱ちちちちっ!!」
そしてどこからともなく、線路に響き渡るような声が聞こえた。
ん?
今、列車から「熱ちち」って聞こえた?
私たちがキョトンとしていると、目の前に停車した列車から、ポンポンと茶色い手足と大きな尻尾が生えてきた。
えっ、何これ、尻尾!?
唖然としていると、いつの間にやら目の前にあったはずの列車は消え失せ、線路には毛皮を黒く焦がした一匹の大きな狸が転がっていた。
「……
私は思わず口に出した。
そう、人々を騒がせる幽霊列車の正体は、実は狸の
「ふむ」
沖さんが、茶色い毛皮をひょいとつまみ上げる。
「離せ、離せーっ!」
沖さんに首根っこを捕まれ、ジタバタと暴れる狸。なんだかマヌケ……。
沖さんはふうと溜息をついた。
「離してあげてもいいけどさ、一体どうして、列車に化けて人々を驚かせていたんだい」
「それは――」
狸はしゅんと縮こまると、ポツリポツリと話し始めた。
「近頃は街にも街灯が増え、山も谷も開発が進んで、オイラたち昔ながらの
化け狸が言うには、彼もまた、開発によって山を追われ、街に降りてきたんですって。
そこで列車に遭遇し、現代の暮らしに適応した怪異になるべく、幽霊列車として線路を夜な夜な走っていたのだというの。
全く、迷惑な話だわ!
狸の話を聞いて、沖さんはうんうんとうなずく。
「なるほどね、確かに近頃では山を捨て、都市に住み着くあやかしも多いが――こう派手にやらなくてもいいだろう。もうちょっとやり方がある」
「はい。もうちょっと工夫します」
ガックリと肩を落とす狸に、沖さんはカフェー・ルノオルの名刺を差し出してニッコリと笑った。
「もし良かったら、今度ここに来るといい。都会でどうやってあやかしたちが暮らしているのか、教えてあげますよ」
「はい、ありがとうございます!」
そう言うと、ぺこりと頭を下げ、化け狸は山の向こうへと消えていった。
「はあ、良かったですね、無事に事件が解決して」
私が伸びをすると、菊池さんが不思議そうな顔をした。
「ちょっと待ってください。事件は解決したんですか? 私には何が何やら……」
「へっ?」
私がキョトンとしていると、國仲さんが教えてくれる。
「普通の人には見えないんだよ、今のは」
その言葉に、大きく心臓が鳴る。
「えっ、どういう事ですか?」
「どういう事も何も、僕には沖さんが白いモヤに向かってブツブツ話しているようにしか……」
菊池さんの言葉に愕然とする。
そんな。だって、あんなにハッキリ狸の姿が見えていたのに。
「ってことは、國仲さんもあの狸は見えなかったんですか?」
慌てて國仲さんの顔を見ると、國仲さんは困ったように笑った。
「はい。茶色くて動物っぽいなとは思ったけど、狸の姿までは見えなかったです」
そんな。じゃあ、あれを見たのは沖さんの他には私だけ?
ぶるぶると右手が震える。
どうしよう。まだあの力が残っていただなんて。自分ではもう普通の女の子になったつもりだったのに――。
「千代さん」
沖さんは、私の肩に手を置いて、三日月みたいに目を細めた。
「うん。福助に案内されて来たって時点でただ者じゃないと思ってたけど、どうやら千代さんは、僕の想像以上に力が強いみたいだね」
肩に乗った手に力がこもる。
沖さんは、二人だけに聞こえるような低い声で言った。
「……ますます、君が欲しくなるよ」
その言葉に、嬉しさよりも戸惑いを感じてしまう。
私が欲しい? こんな私を?
どうして。
私はこんなにも、普通じゃないのに。
私はこんな力、要らないのに――。
***
「沖さん、今日はありがとうございました」
幽霊列車騒ぎの後、私は沖さんに家の前まで送ってもらうと、頭を下げた。
空はもう、すっかり暗くなってしまった。早く家に帰らないと。
だけど沖さんは、帰ろうとした私の腕をグッと掴んだ。
「お、沖さん!?」
「千代さん、また明日も放課後に会えるかな?」
沖さんの真剣な瞳に、胸がドクンドクンと早い鼓動を鳴らす。
だ、騙されちゃ駄目だ。この狐は、人を騙す妖怪……いや、神様なんだから!
「いえ、明日はお華とお茶の稽古があるので」
私がキッパリと断ると沖さんはしゅんと肩を落とした。
「千代さん、お華やお茶が好きなの?」
「いえ、別に好きなわけじゃないです。ただ、小さい頃から花嫁修業にって習わされてて」
私がそう言うと、沖さんはぱあっと顔を輝かせた。
「なあんだ。じゃあもう行かなくていいじゃん。千代さんは僕のところに嫁ぐことに決まったんだから」
「でも先生も待っていますし――」
沖さんは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「千代ちゃんが好きで習い事をやってるならいいけどさ、別にやりたいわけじゃないんでしょ。なんでやりたくもないことを続けるの?」
えっ。何でって――。
「それは、お父様とお義母様に行くように言われたから――」
私がうつむくと、沖さんはクスリと笑った。
「なら別にいいじゃん、辞めたって。君が苦痛に思うことに、わざわざ縛られる必要は無いよ。ご両親には僕から説得するから。ねっ」
有無を言わせぬ口調で言う沖さん。私は渋々うなずいた。
「……分かりました」
家に帰ると、お父様とお義母様は、遅く帰ってきた私を叱るどころか、沖さんのところにいたと言うと大喜びで、その日はいつになく平和だった。
だけど、私の心は晴れなかった。
卒業後に、沖さんの所に嫁ぐことはもう決まってしまった。
沖さんは見た目は良いし、お金持ちで、今のところは凄く優しい。両親も結婚に賛成して喜んでくれている。
私はずっとお嫁さんになるのが夢だったし、カヨ子さんが言うように、贅沢を言うべきではないのだと思う。
だけれど――物事があまりにも簡単に進みすぎて怖い。
沖さんに優しくされればされるほと、何か裏があるのではと恐ろしくなってしまう。
「はあ」
私は窓辺にそっと、冷たい息を吐いた。
沖さん。
あなたは一体、何を考えているの?
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