第39話 茨の森を抜けて
「はあ、はあ、やっとたどり着いたぞ」
あれからどれぐらい時間が経ったのだろう。
僕は着物も肌もボロボロになりながら、ようやく石の城にたどり着いた。
「参ったな、意外に苦戦してしまった」
あの茨は怪異……だよな?
まさかあんなに強力な怪異が千代さんに取り憑いているだなんて予想外だったな。
そんなことを考えながら、十二階の中を歩く。
中はがらんとしていて何も無く、ひたひたと、自分の足音だけが不気味に響いている。
「しっかし、何も無い所だなー」
僕が何気なく塔の壁に触ると――。
ボゴッ。
鈍い音がして、壁の一部が引っ込んだ。
「げっ」
嫌な予感。と思う間もなく、通路の向こうから巨大な石がゴロゴロと転がってきた。
「うわあああああああ!!」
僕はなすすべも無く壁に激突――しそうになった瞬間、壁がぐるりと一回転した。
「わあっ!?」
そして僕は、十二階の外へとごみのように吐き出された。
目の前には黒い茨。
――ってことは!
「ええっ、また一からやり直し!?」
この茨の塔、攻略するのは意外と大変かもしれない。
***
そして僕は、ボロボロになりながら再び十二階にたどり着いた。
「もう今度は迂闊に壁を触らないぞ」
警戒しながら塔の一階部分を歩く。だけど――。
ボコッ。
今度は色の違う床を踏んでしまう。
げっ。これ、絶対何かが起こるやつ!
何が起こるのか身構えていると、天井から三本の槍が降ってきた。
ヒュンヒュンヒュン。
「おおっと」
僕は慌てて後ろに下がって槍の仕掛けを避けた。
「良かった、大したことないやつだ」
僕はホッとしながら壁に手をついた。
すると、またしても壁面の石が後ろに引っ込んだ。
ボゴッ。
「げ、やっちまった」
今度は何だ!?
そう思って身構えていると、天井から矢が三本降ってきた。
ひゅんひゅんひゅん。
僕はそれを前に飛んで避けた。
「ふう、城から追い出される系じゃなくて良かった」
そう独りごち、壁に手をつこうとして慌てて引っ込める。
壁の色が明らかに違っていたのだ。
ふう、危ない! これ絶対、何かの仕掛けがあるやつじゃん。
「その手には乗らないぞ」
僕は壁を睨みつけると、先を急いだ。
「エレベーター、エレベーターっと」
恐らく千代さんがいるのは、浅草十二階の一番高いところに違いない。
そう思い、エレベーターを探したのだけれど、エレベーターには「故障中」の紙が貼ってある。
「……ま、そう簡単にはいかないか」
現実の浅草十二階のエレベーターは故障していたから、せめて夢の中だけでも乗ってみたかったのにな。
ま、仕方ない。階段で行くか。
僕は長く険しい階段をただひたすら登り続けた。
どれぐらい階段を登っただろうか、ようやく終わりが見えてきた。
「千代さん、千代さんっ……!」
僕は勢いよく最後の階段を登り屋上の展望台に出た。だけど――。
「あれっ?」
そこには、ただ古い毛布と糸巻きが転がっているだけで、千代さんの姿はなかった。
千代さん、一体どこに?
てっきり十二階の最上部にいると思っていたのに。ここでなければ、一体どこにいるんだ?
とりあえず来た道を引き返そうとして気づく。
階段の上部に「11」の文字がある。
ってことは、ここは十二階じゃなくて十一階? まだ先があるのか?
周りを見渡して確認する。
いや、この先に進めるような場所や隠し扉は無い。
上じゃないとしたら――ひょっとして地下がある?
この偽物の浅草十二階は、ひょっとして十二階建てじゃなくて、地上十一階、地下一階構造なのか?
何の根拠もない適当な推理だけど、何となくその考えで合っている様な気がした。
でも、地下に行く階段なんてなかったはず。それともどこかに隠し扉があるのか?
僕は今まで通った道のりを思い浮かべた。
どこかに隠し扉らしき場所は……。
「あっ」
あった。一つだけ心当たりが。
僕は城の一階に急いで戻った。
「確かこのあたりに」
目を皿のようにして床を探すと、一つだけ色の違う床石があった。
「よしっ、これだ!」
石を踏むと、上から槍が三本降ってくる。
僕はそれを躱すと、壁に手をついた。
ひゅんひゅんひゅん。
今度は矢が三本降ってくる。
それも先程のように躱すとと、僕は目の前の壁をじっと見つめた。
「あった、これだ」
一つだけあった色の違う石。先程は、罠かと思い押さなかったけれど……。
「頼む、当たっておくれ」
祈りながら押すと、鈍い音を立てて石は動き、地下へと続く暗い階段が現れた。
「……当たりだ」
「狐火」
お札に火を灯し、地下へと続く暗い階段を下りる。
地下の空間は以外にも広く、永遠とも思える長い螺旋階段が遥か下へと続いている。
僕はぐるぐると円を描くように、足場の悪い螺旋階段を慎重に降りていった。
降りれども降りれども、真っ暗で変わらない景色。
しばらく降りているうちに、僕は自分が降りているのだか登っているのだか分からないような不思議な気持ちになった。
奇妙な浮遊感と目眩、そして疲労が僕を襲う。
だけど、間違いない。この先に、千代さんはいる。
根拠はないけれど、確信めいたものを感じた。
僕は、一歩また一歩と、千代さんの心の奥底に近づいているのを感じた。
やがて、長い螺旋階段は終わり、地面と黒い扉が見えてきた。
「いよいよか」
僕は黒い扉に手をかけ、グッと押した。
ギィ。
扉の先には、粗末なベッドに眠る千代さん。そして――。
「グルルルル」
真っ黒な狼が、喉を鳴らしてこっちを見ていた。
この狼は……これが千代さんを襲う怪異の正体?
足を止めた僕に、狼が牙をむいた。
「ガウッ!」
「うわっ」
僕はひらりと狼の攻撃を躱した。
こいつが千代さんを眠らせている怪異の正体なら、退治しないと。
僕はお札を取り出した。だけど――何だかモヤモヤする。
何だ? この違和感は。何だか重要なことを見落としているような――。
「ガルッ!」
僕が戸惑っている隙に、黒い狼が腕に噛み付いてきた。
「痛てっ……」
腕から血がだらだらと逃れる。
僕は腕から狼を引きはがそうとしたんだけど、狼はがっしりと腕に食らいついて離れない。
「クソッ」
その時、僕と狼の目が合った。
この狼……何だか悲しそうな目をしている?
その時、僕は気づいた。
まさか、この瞳、この狼の正体は――。
気づいた瞬間、胸に溜まっていたもやもやが消え、全ての謎が解けた。
そうか。そうだったんだ。
「良いんだよ」
僕は、血まみれの腕で狼を抱きしめた。
「もう良いんだよ、千代さん」
口に出した瞬間、狼の目に光が宿った。
ああ、やっぱりそうだ。
この狼は――この怪異は、千代さんだ。
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