第34話 儀式への誘い
「ほらね、誰にでも言えるようなことしか言わなかった」
姫巫女様の千里眼が終わり、沖さんがコッソリと耳元でつぶやく。
「そうだね」
私も少し安心して胸をなでおろした。
結局、沖さんが人間じゃないということはバレなかったし、しょせんタダの占いに過ぎないのかも。
その後、私たちは何回か「新しい眼」の集まりに通ったが、毎回似たようなことが行われるだけで、伊丹さんの姿を見かけることは無かった。
姫巫女様もあれっきり姿を表さないし、野本さんやほかの信者にそれとなく聞いて見ようとしたけれども、「他の信者のことは詳しくない」の一点張り。
そしてその日も、いつもの様に瞑想と千里眼診断が終わった。
「はあ、今日も手がかりなしかあ。僕の報奨金が……」
「ちょ、ちょっと沖さん。伊丹さんの行方よりお金ですか!?」
「だってその男、僕の知り合いでもなんでもないし」
「もう!」
私たちが諦めて帰ろうとしたとき、中年女性が声を上げた。
「本日は、皆様にお知らせがあります」
ハッと顔を上げると、中年の女性は何かの紙を読み上げる。
「もうすぐ年またぎの儀があります。参加される方は名簿に名前を書いて下さい。また、準備に携わる会員や特別修行を希望される方はお申し出下さい」
年またぎの儀? 特別修行?
私が疑問に思っていると、スッと野本さんが私たちの側へとやってきた。
「年またぎの儀は、毎年冬至の日に行われるお祭りですよ。新しい眼では、冬至の日を一年の終わり、死者と生者が交わる特別な日としているのです」
私は沖さんの顔を見た。
「冬至って、いつでしたっけ?」
「確か十二月二十日頃じゃなかったかな」
沖さんが答える。
野本さんは笑顔でうなずいた。
「今年は二十二日です。どうです? この日には、泊まりがけの特別な儀式も行われますよ」
二十二日。これから一週間後だ。
「特別な儀式とは?」
沖さんは眉をピクリと動かした。
「ええ、どんな儀式かは、上手く口では言えませんが、皆で
沖さんが私の顔を見る。
私は小さく頷いた。
その儀式に出れば、ひょっとしたら伊丹さんに会えるかもしれない。
「分かりました。参加します」
私が返事をすると、野本さんは満足そうに目を細めた。
「そうですか。それは良かった。実は、姫巫女様が御二方のことをいたく気に入られておりまして」
「姫巫女様が?」
「ええ、奥様と歳も近いですし、それに何より、お二人のまとうオーラが素晴らしいと」
「そ、そうでしょうか」
私が額にかいた冷や汗をハンカチで拭っていると、野本さんは笑顔で沖さんの手を両手で握りしめた。
「是非ともお越しくださいね。楽しみに待っていますよ」
***
十二月二十二日は、冬とは思えないほどの暖かいよく晴れた日だった。
「ああ、よくいらっしゃいました」
野本さんがにこやかに出迎えてくれる。
「こんにちは。今日は天気が良いですね」
「今年は暖冬なんですかね」
そんな話をしながらいつもの集会所の奥へと向かう。
「初めての方には、祭りの段取りを説明するために奥の部屋を用意してあります。こちらへどうぞ」
奥の集会所。入ったことない場所だわ。
いつも瞑想を行っている集会所の隣の棟の建物へと移動する。
隣の棟はいつもの集会所より古びて見える。
あちこちの壁がひび割れていて、日も当たらず寒々しい。
土の湿ったような、かび臭いような匂い。
そしてその中に混じって、どこか
「おや、大丈夫ですか? 顔が青いですよ」
野本さんがクルリと振り返る。
沖さんも心配そうな顔をする。
「大丈夫? 具合が悪いんだったら帰ろうか?」
「いえ、大丈夫です」
私は無理して笑顔を作った。
せっかくここまで来たんだから、ここで帰る訳にはいかない。
「それでは、こちらの部屋で少々お待ち下さい」
野本さんが
「おや、あなた達も、今年初めての参加ですかぁ?」
くしゃりと少年のような笑みを浮かべる男。
野本さんが紹介してくれる。
「綿貫さん夫妻です。加藤さんと同じく、先日の体験会で入信をお決めになった方たちですよ」
「加藤と申します! よろしくお願いします」
白い歯を見せて元気に挨拶する加藤さん。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
私たちも慌てて頭を下げた。
「それでは、私は祭りの準備がありますので失礼します。こちらには、また別の者が後で来て説明いたしますので、こちらで少々お待ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
野本さんがパタンと襖を閉めて出ていったのを見るや、加藤さんは話し始めた。
「それで? あんたらは何のつもりでここに来たんすか?」
「えっ」
な、何のつもりって……。
私が身構えていると、加藤さんはポリポリと頭をかいて沖さんに名刺を差し出した。
「ああ、大丈夫。俺はこういう者です」
差し出された名刺に書かれていたのは、「月刊オカルト記者 加藤」の文字だった。
「ええっと、雑誌の記者さん?」
私が戸惑いながら尋ねると、加藤さんは胸を張った。
「そうです!」
沖さんはぱあっと顔を輝かせた。
「うわーすごい。僕、『月刊オカルト』毎月読んでますよ。握手してください!」
「いいですよ」
二人が握手を交わす。
全く、沖さんったら、そんな事してる場合!?
私は加藤さんに尋ねた。
「じゃあ、ここには取材でいらっしゃったんですね」
「そそ、信者を装ってね。君たちもそうだろう?」
加藤さんは頭の上で手を組むと、私たちの方をチラリと見た。
「君たちも、何かの目的のためにここに潜入してるんだろう? 俺、そういうのは結構ピンときちゃうんだよねえ」
「なるほど。実は僕らも行方不明になった人を探しにここに来てるんだ」
沖さんかあっさりと認める。
「そう、やっぱり。おたくら、探偵か何か?」
「まあ、そんな感じかな。知人が一人行方不明になってさ」
まあ、本当はお稲荷様のカフェーの店主なんだけどね。
まあ、いいか。人を探しに来たのは本当だし、本人は探偵気取りみたいだし。
加藤さんが説明してくれる。
「そうか。実を言うと、夏頃からこの教団絡みで人がいなくなったというのがちょいちょいあってね。それで潜入捜査ってわけ」
どうも加藤さんの話によると、居なくなってしまったのは伊丹さんだけでは無いらしい。
しかも、夏頃から何人も出ているだなんて……。
「どうもこの教団はキナ臭いよねぇ。知ってる? ここって十年前に千里眼事件を起こした心眼教と母体がほぼ一緒だって」
加藤さんの言葉にビクリと身をふるわせると、沖さんが私の肩を抱いた。
「そうなんですね。僕も教団のマークがそっくりだと思っていました」
「そ、そうなんですね」
私は慌てて笑顔を作った。
加藤さんは私の顔をチラリと見た。
「まあ、奥さんまだ若いから事件のこともあまり覚えてないのかも知れないけどね。僕らの若い頃にはそれはそれはすごい騒ぎで」
「ええ、そうでしたね」
「死者も出たし、あれだけ騒ぎになって、教祖や巫女を務めていた女性は自殺したんでしたっけ? それでも世間の人はもう覚えてないんだなあ」
加藤さんの言葉に、視界が歪み、心臓が変な音を立てる。
「千代さん、大丈夫? 顔色が悪いけど」
「いえ、大丈夫です。それより、お手洗いに……」
「僕も行くよ。途中で倒れられたら大変だし」
私は沖さんと二人で廊下に出た。
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