第33話 教団へ潜入!
「それで、今回こちらに来られたのはどうしてでしょう。何か悩みでもあるのかしら」
姫巫女様がにっこりと微笑むと、沖さんが即答する。
「いえ、特に」
と、特にって!
私が慌てていると、沖さんはクスリと笑って付け足した。
「ただ何となく、千里眼って面白そうだなと思いまして。駄目ですか?」
「なるほど。実は、最近はこの会も有名になったせいか、そういう方も多いのですよ。でも、そういう人でも、心の内には悩みを秘めているもの」
そう言うと、姫巫女様はじっと私の目を見つめた。
「では、手始めに、私が奥様の悩みを当てて差し上げましょう」
私はゴクリと唾を飲みこんだ。
「私の、悩み?」
「ええ、誰でも心の奥底には悩みを抱えているもの」
姫巫女様は私の顔を凝視する。
な、何だか落ち着かないなあ、これ!
私がソワソワしていると、姫巫女様は細く息を吸いこんだ。
「あなたは……そう、家族のことで悩みを抱えていますね?」
「えっ」
思わず息を飲む。父親や義母と不仲なのは確かだし、亡くなった母のことで今も思うことはある。
まさか姫巫女様は、それを見抜いたというの?
「千代さん」
沖さんがちょいちょいと肘で小突いてくる。
私はハッと気を取り直した。
いけないいけない、ここへは潜入捜査で来たんだった。
「あなたの悩みの種は……お母様、ですか?」
上目遣いでチラリと私を見つめる御法川。
「は、はい」
心臓が変な音を立てて鳴る。
なんで分かったの?
「大丈夫ですよ。あなたの望みは全て叶います」
姫巫女様はそっと私の手を握った。
「心配せずとも、お目目様の言う通り行動すれば、全て上手く行きます。何も心配はいりませんよ」
その手の温かさに、目頭がじいんと熱くなった。
この人になら、全て任せてもいい。そう思うような温もり。
「大丈夫? 千代さん」
姫巫女様よる千里眼が終わり、私がぼうっと座っていると沖さんが顔をのぞきこんでくる。
「は、はい、大丈夫です!」
慌てて気を取り直し、笑顔を作った。
これが潜入捜査じゃなかったら、私は簡単に騙されていたかもしれない。
沖さんは心配そうに私を見つめると、小声でつぶやいた。
「あんなのに騙されないでね。僕の正体も見抜けないんだ。あれは偽物だよ」
「はい、大丈夫です」
そ、そうだよね。もし姫巫女様が本物の千里眼の持ち主なら、沖さんの正体を見抜いてもおかしくない。
私の悩みを当てたのは――きっと私たちが新婚に見えたからだ。
新婚の夫婦っていうのは、何かしら家族に関する悩みを抱えているもの。
嫁ぎ先の母親との関係がギスギスしているなんて話はよく聞くし、それで姫巫女様もそう言ったのかもしれない。
そんなふうに考えて心を落ち着かせようとした。
だけど――こんなにも心がザワザワするのはなぜ?
しばらくして、参加者全員の千里眼診断が終わった。
「それでは、さらなる診断をご希望の方や、新しい眼への入信を希望される方はこちらの紙に名前を書いて、帰り際にお渡し下さい」
司会の言葉に、私と沖さんは一瞬見つめ合うとうなずいた。
姫巫女様の能力が本当かどうかは分からないけど、ここまで来たからには引き下がれない。
私たちはサラサラと申込用紙に名前を書いた。
***
「まあまあ、よくいらっしゃいました!」
数日後、「新しい眼」の本拠地につくと、出迎えてくれたのは、でっぷりと太った肌ツヤの良い女性だった。
「さあさあ、まずはコチラにいらっしゃって。うちでは、朝は決まって坐禅を組み、瞑想をすることになっていますの」
私と沖さんは、だだっ広い畳の部屋へと通された。
そこには、十人ほどの人たちが坐禅を組んでいた。
瞑想ねえ……。
チラッと中にいた人たちを見るけれど、伊丹さんらしき人はいない。
とりあえず目をつぶり、ぼんやりとしていると、中年男性に声をかけられた。
「おや、昨日のセミナーに来てくださった方がたですね。さっそく来て下さりありがとうございます」
あっ、昨日のセミナーにいた……野本さんだっけ。
「いえいえ、先生の千里眼、とても興味深かったです。そこで、僕たちもその神秘の力にあやかろうと思いまして」
沖さんがペラペラと思ってもいない褒め言葉を並べると、野本さんは気を良くしたように笑った。
「そうですか。先生の力をそこまで見抜くとは、お若いのにしっかりしていらっしゃる」
「いえいえ。ところで――」
沖さんはチラリと辺りを見回した。
「ここにいる方たちは、皆さんこの近所の方ですか? 毎日ここに通われているのですよね?」
「ああ」
野本さんがにこやかに答える。
「実は、この建物には寮がありまして、熱心な方はここで泊まりこみで修行をしているのですよ」
「へえ、そうなんですか」
寮があるということは、伊丹さんの息子さんもひょっとしてそこに?
沖さんがさらに何かを聞こうとした瞬間、険しい顔をした女性が入ってきた。
「皆さん、坐禅はそこまで! 姫巫女様がいらっしゃいますよ」
鋭い声とともに辺りがしん、と静まりかえる。
やがて鈴の音と共に姫巫女様が現れた。
厚塗りもしていないのに白い肌。真っ赤な唇。朝の空気のように澄み切った雰囲気を纏う彼女は、やはり美しかった。
「それでは、姫巫女様による本日の千里眼診断を始めましょう」
この間の体験会のように姫巫女様が信者一人ひとりの相談に答えていく。
「これって毎回やってるんですか?」
野本さんに小声で尋ねると、野本さんは首を横に振った。
「いえ、姫巫女様の力を拝めるのは月に一度だけです。こんなに短期間に二度も見てもらえるだなんて、あなた方は実に運がいい」
「そうですか……」
やがて、姫巫女様が私たちの前にやってきた。
「この前は千代さんを千里眼で見てもらいましたから、今日は僕を見てくれませんか?」
にこやかな顔で、沖さんが姫巫女様に告げる。
「ええ、分かりました」
姫巫女様はじっと沖さんを見つめる。
私はハラハラしながらそれを見守った。
「……そうですね、常春さんは、昨日も申し上げた通り、金色に輝くとても良い気をしています」
ゴクリと唾を飲みこみ、二人の会話を見守ると、姫巫女様はこう言った。
「金銭面で恵まれ、商売は繁盛するでしょう」
「ええっ、お金持ちになれるのかい!?」
沖さんが姫巫女様の言葉に食いつく。
おいおいっ!
姫巫女様は子供のように喜ぶ沖さんを見て苦笑いを浮かべると、さらにこう付け足した。
「……ただ、少し自信家すぎる所があるようです。謙虚になり、自分の行いを見つめ直すことで、さらに運気が上がることでしょう」
「分かりました! 気をつけます!!」
ピシッと背筋を伸ばす沖さん。
この人、潜入捜査だってこと分かってるのかなあ。
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