第32話 姫巫女様

 数日後、私たちは「新しい眼」が開催している千里眼体験セミナーへとやってきた。


「わあ、すごい人ですね」


 公民館の広い座敷には、五十人ほどの人が集まっていた。


 これみんな、千里眼目当てでやってきた人たちなの!?


 折からのオカルトブームの影響で、巷では心霊学や催眠術、千里眼などが大流行り。


 大学の先生なんかも真面目に研究なんかしちゃって、関連本も飛ぶように売れているらしいの。


「急速に起こった近代化への反動なのかな。はてさて、不思議だね」


 沖さんは爛々と目を輝かせるけど、私はなんだか、胸の中がザワザワして落ち着かなかった。


「こんにちは。本日はようこそお越しくださいました。私は野本と申します」


 三つ指をついて丁寧にお辞儀をしたのは、四十代か五十代くらいの中年男性だった。


「姫巫女様はもうすぐいらっしゃいますので、少々お待ちくださいませ」


 野本さんはそう言うと、沖さんの顔をじっと見つめた。


「僕がどうか?」


 沖さんがにっこりと微笑むと、野本さんはつられたように笑みを返した。


「いえ、素敵な旦那様だな、と。奥様がお羨ましい」


「いえいえ、そんな」


 私が手をぶんぶんと振ると、野本さんはチロリと上目遣いに沖さんを見た。


「……それに、ずいぶん変わった気をお持ちのようで。姫巫女様の診断が楽しみです」


 野本さんの態度に、どこか釈然としないものを感じながら、正座をして姫巫女とやらを待つ。


「痛たたた、足が、足が痺れて……」


「大丈夫? 千代さん」


「ええ」


 私が足を崩そうとしたその時、外にまで響き渡りそうなほど大きな声が部屋の中に響いた


「皆さん、ご静粛に。姫巫女様がいらっしゃいますよ」


 男の人の声に、部屋の中がぴりりとした空気に包まれ、観衆の視線が前方に注がれる。


 私は慌てて正座をし直した。


 シャランシャランという鈴の音。


 現れたのは、床につくほど長い黒髪に、目を白い布で覆った若い女性だった。


 あれが姫巫女様?


 ゴクリと周囲が息を飲むのが聞こえた。


 それもそのはず、真っ赤な唇に小さな鼻、雪のように白い頬と長い首筋。


 目が隠れているにも関わらず、彼女は息を飲むほど美しかったのだから。


「ふうん、あれが姫巫女様か。ずいぶん若いんだね」


 沖さんが興味深そうに顎をさする。


「沖さん、美人だからってデレデレしないでくださいね」


「分かってるって。僕は千代さん一筋だよ」


「――なっ」


 もう、この人は。またそういうことを言って!


 それにしても――私は姫巫女様とやらをじっと見つめた。


 あれは、私の知っている御法川じゃない。


 心眼教の教祖で、母を宗教にのめり込ませた張本人の御法川は高齢男性だった。


 噂によると、御法川は数年前に亡くなったと聞くし、ひょっとすると、あの女性は御法川の娘か孫なのかもしれない。


「それでは、皆さまの千里眼診断を始めたいと思います」


 御法川が鈴の音のような声を出す。


 細く可憐だけど、遠くまで響くような、不思議な声だ。


 御法川は、目隠しを外すと、膝をついて観客の前に座り、前の席の方から順番に観客のプライベートについて当てていく。


「……すごい。まさか本当に千里眼の持ち主なの?」


 ポツリ、つぶやくと、沖さんは鼻で笑う。


「まさか。誰にでも当てはまりそうなことを言って、相手の反応を見ているだけさ。占い師の常套手段だよ」


「そ、そっか。そうですよね……」


 沖さんが言うのだから、あの人は千里眼の持ち主ではないのだろう。


 だけど――。


 胸にモヤモヤとした黒いものが込み上げてくる。


 本当にそうだろうか。あの人も、母と同じではないのか?


「では、次の方。綿貫わたぬき夫妻ですね」


 呼ばれてハッと顔を上げる。綿貫というのは私たちの偽名だ。


 私たちは、念のため、正体を隠して千里眼診断会に参加することにしたのだ。


「それでは、御法川様のお眼を拝借」


 お付きの人が、御法川の目に巻いていた布を取る。


 目の前に座った女性は、切れ長で、とろんと夢見るような不思議な瞳をしていた。


「綿貫さん……と言いましたかしら」


「は、はいっ!」


 私が背筋をピシッと伸ばすと、御法川は赤い唇でクスリと笑った。


「お二人とも、素晴らしい気をしていらっしゃるわ。特に旦那様のほう。今までに見た事が無いほどの、金色に輝く強い気を感じます」


「は、はあ……」


 そりゃあまあ、沖さんは神様みたいなものですものね。


 でも沖さんが強い気の持ち主だと分かるってことは、やっぱりこの子には何か特別な力があるのだろうか?

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