第14話 私にもできること
私が恐る恐る口を開くと、前澤さんは首をかしげた。
「えっ?」
あ、しまった。今の、前澤さんには見えていなかったんだ。
「あ……えっと、その」
どうしよう、何て説明すればいいんだろう。
私が慌てていると私たちのやり取りを見ていた國仲さんが首を傾げる。
「見えたって、一体何が見えたんですか?」
やっぱり、あの記憶が見えたのは私と沖さんだけだったみたい。
「すみません、急に。実は、さっきこの時計の記憶を見て――」
私が先ほど見た光景を話して聞かせると、お婆さんはビックリしたように目を見開いた。
「それは、確かに私です」
やっぱり!
「どういうことなのか、教えていただけますか?」
沖さんに問われ、前澤さんは少し戸惑った後、ゆっくりと昔のことを話してくれた。
若い頃、英国から来た紳士と恋に落ちたこと。だけど紳士は祖国に帰ることとなり、自分も親の決めた許嫁と結婚したこと。
「あの人への思いは誰にも内緒にして、この時計も引き出しの中にしまいこんでいました」
そして月日が経ち、お孫さんが就職することになり、就職祝いにこの懐中時計をあげたのだという。
だけど、この懐中時計を貰った孫は、毎日のように悪夢に悩まされることになったのだという。
「そこでそのことを派出所で相談したら、ここの店長さんを紹介してくれて」
前澤さんの答えに、沖さんがウンウンとうなずく。
「なるほど、君たちの話を聞くに、この懐中時計が
私は先ほど見た付喪神の記憶を思い出した。
異国の男性と恋に落ち、だけれども事情があって別れなくてはいけなくなった、お婆さんの記憶を。
“ これを私だと思って大切にしてください”
“たとえ離れ離れになっても、私と貴方はこの鎖のように強い絆で結ばれているのです”
その強い思いと長い月日が、懐中時計に魂をもたらし、付喪神化させてしまったのだろうか。
「すでに嫁いでいるというのに、持ち物を付喪神化させるほど相手を思えるなんて、人間の心というのは不思議ですね」
沖さんがしみじみとうなずく。
持ち物を付喪神化させるほどの強い思い。
前澤さんは、それをずっと心の中に押し込めてきたんだ。
だったら……。
「あの……」
私はおずおずと手を挙げた。
「その懐中時計、やっぱりお孫さんにあげるんじゃなくて前澤さんご自身がお持ちになっていたらいかがでしょう」
「えっ? でも――」
前澤さんが戸惑ったような顔をすると、國仲さんも真剣な顔でうなずいた。
「そうですよ。もう旦那さんも亡くなられて、お子さんたちも独立されたんでしょう? 思い出くらい大切に取っておいても良いんじゃないでしょうか」
そっか、旦那さんはもう居ないんだ。だったら――。
私はお前澤さんに思い切って提案した。
「それと、出過ぎた提案かもしれませんが、あの記憶の中の異人さんに、もう一度連絡を取って見るっていうのはどうでしょう。だって勿体ないです。それほど好きになった相手なのに!」
「でも――」
前澤さんはギュッと拳を握って唇を噛み締める。
「それほどまでに相手を思うのなら、忘れられないのなら、記憶に蓋をしちゃいけないと思うんです」
私の言葉に、前澤さんは少し視線を落とした。
「確かに、ずっと前に夫も亡くなり今は私も独り身です。でも、もうこんなお婆さんになってしまったし、こんな年になって色恋だなんて。今更連絡しても、あの方も迷惑でしょう」
「そんな事ありませんよ」
と、これは沖さん。
「今はもう旦那さんも居ないんでしょう? だったらぜひ連絡してみましょうよ。愛に年齢は関係ありませんよ。失って後悔する前に、行動すべきです」
沖さんの言葉に、前澤さんはハッと顔を上げると、少し恥ずかしそうにうなずいた。
「……そうですね。返事が来るかは分かりませんが、その方がスッキリするかもしれません。ありがとうございます」
前澤さんが深々と頭を下げて去っていく。
その顔は、何だか晴れ晴れとしていた。
「ふう、千代さんのおかげで助かったよ」
帰っていく國仲さんと前澤さんの後ろ姿を見つめ、沖さんは呟く。
「私ですか? 私は何もしてませんけど」
ビックリして沖さんを見つめると、沖さんは琥珀色の綺麗な目を細めて笑った。
「いやいや、千代さんが前澤さんに、時計の送り主の男の人に連絡を取るように言ったでしょ、ああいうのって、僕には中々思いつかないから、助かったよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。僕は人間のふりは上手だけど、やっぱり人間じゃないし、人の心にはちょっぴり疎いからさ」
ちょっぴりどころじゃない気が……。
そう思ったけど、それは言わないでおいた。
「それに、これでハッキリしたけど、幽霊列車だけでなく、あの付喪神の記憶まで見えたってことは、千代さんにはやっぱり人とは違う特別な力があるんだね」
悪気のなさそうな沖さんの言葉にドキリとする。
「特別な力、ですか?」
私は足元のブーツを見つめた。
確かに、私は小さい頃は、よく幽霊とか、人ならざるものが見えた時もあった。
でも大人になってからは全然見なくなっていたのに。
「……てっきりそういう力は無くなってしまったのかと思っていたんですが」
「いやいや、君は力を失ってなんかいない。それは君が無意識のうちに力を封印していただけさ」
そう言うと、沖さんは私の両の手をがっしりと握った。
「千代さん――僕はやっぱり、君が欲しい」
熱っぽい瞳と口調に、顔がかあああっと熱くなる。
な、な、な、な……何を言ってるのよ、この人は!?
いや、沖さんは私に仕事を手伝って欲しいってことを言っているんだろうけど……それにしても、言い方ってものが……。
私が戸惑っていると、沖さんは「ふふふ」と声に出して笑った。
「照れてる、照れてる。やっぱり照れてる千代さんは可愛いなあ」
「――なっ!」
わざとだ!
沖さんったら、私を困らせようとしてわざとこんなことを言ってるんだ。
もうっ、この意地悪狐が!
「からかわないでくださいっ」
私はぷいっと横を向いた。
「ふふ、拗ねないの」
可笑しそうに笑って私の頭を撫でる沖さん。全くもう。
私は沖さんの顔をじっと見つめた。
この狐、私のどこを気に入って求婚してきたのかさっぱり分からない。だけど――。
本当に私の力がこのカフェーに必要だとしたなら、私が沖さんの足りないものを補えるのだとしたら。
秋の風が吹いて、外の草木がザワザワと揺れる。
私はギュッと白いエプロンを握りしめた。
そうよね。前澤さんだけでなく、私も、そろそろ蓋をしてしまい込んでいた過去と向き合わなくちゃいけないのかもしれない。
私、自分の力と向き合わなくちゃ。
私は沖さんの顔を見て、小さくうなずいた。
「……分かりました。私、沖さんの仕事を手伝います。お店だけじゃなく、怪異絡みのことも」
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